本日のテーマ

【「生きられる」と「生きる」

の大きな違い】

 

 

人生を振り返り、自分の人生を思い起してみるとこんなことに気づきます。

若い頃に比べて、“生きる意識が変わってきた”……と。

 

若い頃の10~20代は、

「生きられる」という意識があり、普通に人生は生きられて当たり前という感じでした。

朝起きればちゃんと生きていられたのですから……。

 

若い頃の意識は、
 運…
 どうにかなる…
 自分だけは大丈夫…
そんな意識がどこかにあったのですね。

生きることに問題意識を持たず、時間に流されるように人生の時間を使ってしまっていました。

しかし、その結果は、そんなことでは人生はどうにもなりませんでした。

自分が成長しなければ、何も変わらない、何もできないのです。

 

今では「生きられる」ではなく、「生きる」という意識が強くあります。
「生きる」とは、自らが“生きる意志を持つ”ことで、“人生は自分の意志でつくる”ものと考えています。

 

 
■ソクラテスの言葉…

「人は食うために生きるのではない。生きんがために食うのである」

 

単純なことですが、とても意味が深いです。
 「食うために生きる」は食べることに目的を持つ…
 「生きんがため」には生きることに目的を持つ…

この違いは大きいです。

 

わたしは、「生きられる」と「生きる」の意識の違いは、生き方に大きな違いが出るものと思います。


このような言葉を参考にして、生きている時間を有効に大切にしたいものです。

 

■W・ミュラーの言葉…
「機会を待て。だがけっして時を待つな」

 

■ジャン・ポールの言葉…
「人生は一冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれをペラペラめくってゆくが、賢い人間は念入りにそれを読む。なぜなら、彼はただの一度しかそれを読むことができないことを知っているから」

 


寿命があれば誰でも寿命を終えるまで“生きられる”でしょう。
しかし、充実した人生を歩むために必要なことは、

「精神を活かしながら生きること」だと思うのです。


「生活」という字は、「身体を“生”かし」、「精神を“活”かす」ことの意味があると聞いたいことがあります。

 

人生を充実させるために、わたしはこう考えます。

身体と精神をともに活かしながら生きることであり、そのためには“自分の意志で人生をつくりながら生きる”