本日のテーマ
【人徳の学問】
昔より、学ぶ学問には二つあるとされていました。
一つは「芸」であり、食べるために技術を磨く学問。
一つは「道」であり、自分自身の人間性を磨く人徳の学問。
どうやら、現代社会では「芸」の学問が優先されているようです。
有利な就職につくため…
儲けるため…
出世するため…
このようなことに価値が置かれ、受験勉強やビジネスのテクニックを向上させることに力を入れているようです。
これらのことはよいことです。
しかし、そのかたわら人間性が問われる出来事が多く見受けられています。
自分さえよければという個人主義の思想により低下するマナーやモラル。
まさしく、「道」である人徳の学問の欠落ともいえるでしょう。
日本では戦前までの学校教育で修身書により道徳教育に力が注がれていました。
尋常小学校の修身書(道徳書)巻五の第二十課に『礼儀』の教えがあります。
(尋常小学校とは、明治維新から第二次世界大戦勃発前までの時代に存在した初等教育機関の名称)
――第二十課 礼儀――
我等が世間の人と共々に生活するには、知っている人にも知らない人にも礼儀を守ることが大切です。礼儀を守らないと、人に不快な念を起させ、また自分の品位をおとすことになります。人の前に出る時には、頭髪や手足を清潔にして、着物のきかたにも気をつけて、身なりをととのえなければ失礼です。人と食事をする時には、音を立てたり、食器を乱雑にしたりしないで、行儀をよくして、愉快な心持でたべるようにしなければなりません。また部屋の出入りには、戸・障子のあけしめを静かにするものです。汽車・汽船・電車などに乗った時には、互いに気をつけて、人に迷惑をかけないようにすることが必要です。自分だけ席を広くとったり、不行儀ななりをしたり、いやしい言葉づかいをしたりしてはなりません。集会場・停車場その他、人がこみあって順番を守らなければならない場所で、人をおしのけて、われさきにと行ってはなりません。また人の顔かたちやなりふりを笑い、悪口を言うのはよくないことです。外国人に対して礼儀に気をつけ、親切にするのは、文明国の人の美風です。
この教えは、礼儀とは何かを言い表しています。
「相手への気遣い、心遣いである“思いやり”」
人格者になくてはならい基本が礼儀です。
相手を考えられる“思いやりこそ”が人格者の基本であるということでしょう。
人は学ぶことで変わります。
いくらお金儲けができていても、人間性が劣っていてはよい人生は歩めないでしょう。
「道」である人徳の学問も
「芸」である食べるために磨く仕事の学問も
両方とも大切です。
この二つ学問の柱をバランスよく支えにしたいものです。
時代が変わっても、変えてよいものと、変えてはいけないものがあるはずです。
変えてはいけないのが、他者への「礼儀」です。
礼儀の本質は、他者への「思いやり」です。
礼儀とは、
「人を大切に思う人の心を姿勢に表したもの」
だからではないでしょうか。
