本日のテーマ

【人は何かしらの看板を背負っている】

 

 

先日ある飲食店で、お客が店員を怒っていました。

オーダーを取りに来た店員の若い男性の態度が悪かったのです。


お客は機嫌を損ね、
「あんな従業員がいるのなら、この店もいい加減な店なんだろう…」
とつぶやいていました。

 

お客から見て、

「店員」=「店」

と見たのです。

店の一人が信用を失うことで、店全体の信用を失うことになりました。

 

まさしく【一事が万事】です。

(意味:わずか一つの物事から、他のすべてのことを推し量ることができる。一つの小さな事柄の調子が他のすべての場合に現れる)

 

ときには、さまざまな看板を背負っていることを自覚させられます。

人は誰もがその立場で看板を背負っています。
 家族の看板…

 学校の看板…

 所属する会の看板…

 会社の看板…
 国の看板…

 

自分は今どんな看板を背負っているか…

 

 

自分が信用を失う行為をすることにより、所属する団体や会社も批判の対象になります。
例えば、あの東日本大震災はで、秩序を保ち、暴動が起きなかったことで日本人が世界で評価されました。
しかし、このような評価を受けても、たった一人のために日本人全体がマイナスな評価を受けてしまうこともあります。

 

子どものころ、よく祖母に言われていました。

「子どもがやったことは親が見られるんだよ…」

 

この教えの本当の意味が理解できたのは、自分が親の立場になってからでした。

祖母は、

「子どもは親の看板を背負っている…」

ということを言っていたのです。

 

それぞれの看板の主と看板を共有する人たちに迷惑にならないよう、自分はどんな看板を背負っているのかを再度自覚して、今背負っている看板から自分の在り方を見つめ自分をつくる努力をしたいものです。