本日のテーマ

【快楽に負けない生き方

~快楽は度が過ぎれば身を滅ぼす~】

 

 

快楽の度が過ぎて

身を滅ぼした人を

何人も見てきました。

 

わたし自身も過去に、快楽にのめり込みそうになり苦しんだことがありました。

 

最近、快楽の度が過ぎてしまった人が、陥ってしまったことや罪をおかす事件が度々ニュースで取り上げられています。

 

 生活習慣病の増加…

 覚せい剤、麻薬…

 パチンコや賭け事での借金…

 売春、買春、浮気…

 アルコール依存症…

 

人生では、快楽の度が過ぎないことが大切です。

 

快楽とは、
こころよく楽しいこと。特に官能的な欲望の満足によって起こる感情。

 

こころよく楽しいことは人により若干異なるかもしれませんが、
 お酒…

 美食、過食…
 タバコ…
 SEX…
 賭け事…
 その他趣味など…

また別には犯罪になりますが、覚せい剤やドラッグ、シンナーなどに手を出す人もいます。

 

どれもが度を過ぎでしまえば、毒にもなりえるもので中毒や依存症になります。

度が過ぎ、それを続けることで健康や信用を失い、身を滅ぼすことになります。


 

人間は弱い生きもので、
 人生につまずき快楽に逃げてしまう人…
 仕事も満足にせず、快楽の魅力にのめり込む人…

という人もいます。

そのようにして快楽の地獄にはまり、抜け出せず、人生を棒に振ってしまうのです。

 

わたしも若い頃は快楽を求めていました。
度が過ぎたこともあり、もう少しで人生を棒に振ることになるところまで無茶をしていました。

今、考えてみると、快楽というもの肉体的、精神的に気持よく心地よいものだから誰もが求めることですが、そこには節度が必要であることが理解できます。

 

その節度を守るために、ある時わたしはふとこんなことを考えてみました。

 なぜ人間は快楽を求めるのか?

 なぜ人間は快楽に弱いのか?

考えていくうちに、こう思えてきました。

「人生の試験」

その意味は、

「神が人間に試練を与え試すために、わざと快楽を求めるように人間をつくった!」

のではないかと……。

 

そして神は試験するのです。

 快楽を適度に抑えられる人間には、快楽を楽しみとして与える…

しかし、
 快楽の度を越えた人間には、罰として不幸を与える…

だからわたしは快楽を、
「神からの与えられた一つの試験」
と考えるようにしています。

 

「度が過ぎると必ず天罰が下る!」
そう考えて、快楽を抑制するようにしてきました。

 

 

■パスカルの言葉…
「人間にとって苦労に負けることは恥ではない。快楽に負けることこそが恥である」

 

 

快楽の度を超えないために必要なのは抑制する力です。
その力を発揮させるためには何が必要でしょう?
 

わたしは快楽の怖さとは何かを追究しました。


「快楽を続けることにより未来に自分の人生がどうなるか?」


このことを想像し、自分の心に、この怖さを落とし込みました。

より良い未来の人生をつくるために……。