本日のテーマ

【苦しみを活かす生き方

~苦しみから見つけるものとは~】

 

 

人生には苦しみはつきものです。
どんな人の人生にも、苦しむときがあるでしょう。

わたしの人生では、苦しみの方がはるかに多くありました。

 

しかし苦しみは、苦しみ渦中に居る時には気づかなかったのですが、後に大切なものを与えてもらったことに気づかされました。

 

それは「苦しまなければ気づけない事がある」ということでした。

わたしはその気づきで自分のミッション(使命)を見つけることができました。

もしかしたら、苦しみとは、ある人たちには、ミッションへの気づきの現象なのかもしれません……。

 

 

わたしは22歳の交通事故で、左足を切断することになるかもしれないと宣告をされました。

傷の深さから、「仕方ない」と心でつぶやいていました。

もし左足を失うことになっても、
 健常者に負けないように生きるにはどうしたらよいか…
 自分と同じ境遇者の人に勇気づけられることはできないか…

 

今から考えると、22歳の若さで、落ち込みもせず、よくこんな考え方ができたと思うほどです。
なぜこのような考えになれたか?

その理由は、事故の前日、わたしは自分のお墓の夢を見て、何度も飛び起きました。
そして翌日の早朝に事故を起こすのです。
事故現場の惨状を目にした人たちは、誰もが口にしました。
「あれじゃ運転手は生きていないだろう。気の毒に……」

 

冷静に考えてみると、本来ならこの事故で死んでいてもおかしくありません。
そんな思いがあるからこのように考えられたのでしょう。

 

「死ぬはずだった」のが「左足切断」で済んだことがラッキーだった。
そして、その後に左足の切断を免れたのですが、今度は、
「左足が不自由になり普通には歩けない」と宣告されます。
しかし、またまた左足を切断せずに済んで、ラッキーと思えたのです。

 

その流れがあったから、22歳のときに落ち込まずに、
 健常者に負けないように生きるにはどうしたらよいか…
 自分と同じ境遇者の人に勇気づけられることはできないか…

という発想ができたのです。

 

その後、わたしの人生の苦しんだ経験を同じ境遇者のために何ができるかと考えるようなって行きました。

 

そんな考えでいた頃に、自分の考えは間違っていないことを明確にしてくれた人がいました。

2014年に読売新聞で紹介されていた、苦しみ経験をミッションに替えた人がいました。

この記事を、わたしは大切に保管してきました。

(読売新聞の記事より、一部表現を変えています)

 

パラリンピックで日本の選手が好成績を出しています。
スキーの新田選手は、岡山県出身で、3歳の時に稲刈り機に腕を巻き込まれ左腕の肘先(ひじさき)を失いました。

実は、新田選手は自分と同じ境遇者の応援を受けていたのです。
長野県に住む少年は小学3年生。昨年10月、稲刈り機に誤って右手を巻き込まれ、肘から先を失ってしまいました。
新田選手が少年のことを知ったのは事故の直後。
少年を知る障害者スポーツの関係者から「ショックを受けた彼のことを励ましてもらえないだろうか」と促されました。
新田選手は自分の左腕を見せながら、優しく話しかけます。
「けがは仕方がないけれど、いいことだってあるんだよ」
少年はこの日、新田選手に渡そうと、日の丸をあしらった手作りのお守りを用意しました。


(少年からもらった日の丸のお守り 画像は読売新聞より)

 

「がんばってください」。
別れ際に少年はそう言うと、それまで隠すようにしていた右腕で、新田選手の背中をポンとたたいた。

「その瞬間、自分が何のために競技をやっているのか、はっきりと見直すことができた」
と新田選手は思いました。
障害を持つ人、それを支える家族――そうした人たちに「勇気を与える力走をしなければ」。

 

 

新田選手が「自分が何のために競技をやっているか……」
この記事を読みながら、新田選手のこの思いを知った時、わたしは涙がこみ上げてきました。

 

長野の少年は新田選手だから心を開いたのでしょう。
新田選手しかできないことです。
それは同じ境遇者だからこそ通ずるものがあったのではないでしょうか。

 

同じ境遇者にしかわからない事があります。
それは同じ痛みを知っているからでしょう。
「もし、自分が苦しんでいる時、同じ境遇者で、その苦しみを乗り越えた人から支えてもらえたら、どれだけ励みになることか…」
自分の立場になって考えたいものです。

 

もしかしたら、

皆さんが今まで経験してきた苦しみは、同じ境遇者のために何かをするためのミッションだと気づくためなのかもしれません……。