本日のテーマ
【人が一人で生きられない理由】
私たちは毎日の生活の中で、無意識のうちに人と接しながら関わり合いをもち、生きています。
「もし、この人がいなかったらどうなるだろう?」
きっと、そんなことなど意識することはないでしょう。
しかし、考えてみると多くの人のお陰で毎日が生活できていることに気づかされます。
人間は生れるときに、父、母という存在があり、この世に誕生します。
そして身近な家族や親戚と出会い、やがて友だちや他人と出会い、社会で多くの人と出会い、関わりを持つようになります。
関わる人から
教えられたり…
気づかされたり…
世話になったり…
助けられたり…
協力してもらったり…
と様々な恩恵を受けて生きていきます。
わたしの好きな言葉に
「お陰さま」
があります。
好きな理由は、
「人や様々なもののお陰で自分がある」
という感謝の意味で捉えているからです。
仏教の経典『般若心経』に「諸法空想(しょほうくうそう)」という言葉があります。
「あらゆる物事は『空』という姿で存在しており、すなわち物事すべて『空』である」
(意味:空は実態ではなく、他から力の影響を与えられず、自分だけの力で動いているような独立したものではない、この世のものすべてがそうである)
この「空」の境地から見つめると、「お陰さま」がよく理解できます。
例えば、ココに一本の立木が存在していたとします。
実際に目に見え、触れると大きくて、ゴツゴツしていて固いことも分かります。
しかしこの立木、じつは実態のない“空”なのです。
おかしいですね?
実際に存在するのに「なぜ空?」と思われるかもしれません。
その立木は、周りの存在する一つひとつの存在が重なり合うことで誕生しているからです。
そのことを考えると“空”が理解できます。
立木はなぜ生まれ、そして生きられるのでしょう。
単独で立木が誕生し、生きられることなどありません。
すべてが周りにあるそれぞれの役割を持つ存在のお陰なのです。
立木が生きるためには様々な存在の力が必要です。
光…
土…
酸素…
水…
温度…
どれが欠けても生れること、生きることができません。
ということは、立ち木の存在は単独ではなく、周りの存在一つひとつの力よって生かされていることになるわけです。
また、光や土も単独で存在しているのではなく、何かの存在から影響を受けているのです。
だから、もともと実態のない“空”となるのです。
この話のように私たちにも同じことが言えます。
自然の恵み(環境や食物)…
先祖…
親…
家族…
他人…
衣食住…
仕事…
多くの存在があり、私たちは生まれ、生きられていることになります。
まさしく「お陰さま」です。
わたしが“空”の意味を知る前は、
「自分は自分の力で生きている、そして生きられる」
そんな考えでした。
しかし“空”を知り、
「自分は一人では生きていない」
ということを気づかされるのでした。
空の教えで、お陰さまの深い意味を少しは知ることができました。
それは意識しなければ見えてこない、感じられない周りの存在の恩恵に……。
