本日のテーマ
【機転を利かせることが
できる人になりたい】
機転が利く人の配慮には、時として感動することがあります。
以前に、ある人と渋谷の駅前で待ち合わせをしていました。
待ち合わせの場所にはいつもより多くの人で大変混み合っていました。
わたしより相手が先に待ち合わせ場所に着いていたのですが、人ごみの中、直ぐに見つけることができました。
その人は、待ち合わせ場所を少し移動して、わたしが来る方向で待っていてくれたからです。
会った時にその人は、
「人がたくさんいたから、分かりにくいと思って……」
わたしはこの機転に少し感動しました。
なぜ、これくらいのことで感動するか?
それは、機転は相手の立場に立った心遣いから利かせることができるからです。
機転を利かせられる人は、相手のことを考えられる人です。
わたしは、そんな機転を利かせることがとても大切なことであり、自分もできるようになりたいと心がけています。
機転を利かせるということは、時として人に感動を与えることができます。
以前、東京で「瑞宝太鼓(ずいほうたいこ)」の公演をした時のことです。
(瑞宝太鼓とは、メンバー全員が知的障がい持つ和太鼓奏者で、私たちNPOは平成10年より全国で公演を開催してきました)
お客様の中に、知的障がいの子どもを連れたお母さんが来ていました。
一番後ろの席に座っていたのですが、時々お子さんが奇声をあげるため人目を気にして会場を出てロビーにいました。
それを見ていた当NPOのスタッフが、そのお母さんに駆け寄り、
「私がお子さん見ているので、少しでもいいので瑞宝太鼓を聴いて下さい」
お母さんはしばらくの間演奏を聴いて下さいました。
帰り際、お母さんはNPOのスタッフに、
「ありがとうございました。お陰で落ち着いて演奏を聴けました。私は今日二つの感動をいただきました。一つは瑞宝太鼓の演奏。そして一つはあなたの配慮です…」
この光景を見ていたわたしは、更に感動しました。
配慮して機転を利かせることで、感動が生まれることを知ったからです。
特にわたしが感動した“機転を利かせたお話”をご紹介しましょう。
書籍『面白いほどよくわかる 武士道』日本文芸社より
「丹波篠山(たんばささやま)城主松平大和守の江戸屋敷で宴を催していたときのこと、旗本で老齢の北見久太夫も出席し、昔の合戦話がはずんだ。夜が更けて、給仕の小姓(こしょう)が銚子を運んでいたところ、つまずいて久太夫の膝に酒をかけてしまい、その小姓は顔を赤らめて退出した。すると、すぐ他の小姓が現れ、久太夫を次の間へ案内して着替えさせ、後始末をしたのである。その後この一件を調べたところ、老齢の久太夫が長座したため、座ったまま小水をたれ流していたのを、小姓たちが目ざとく見つけ、わざと酒をかけてその場を取り繕ったということがわかり、彼らは褒美を与えられたという」
この話を知った時、もしわたしが機転を利かされた立場でいたら、どんなに助かったことだろうと思いました。
心遣いの先に、機転を利かせることができるのですね。
なぜなら機転というのは、日頃から気にかけていなければ利かせることができないからです。
もしかしたら、機転とは、
機転を使える人は限られていて、日頃から人のことを考えられる人だけにしか機転を使わせてくれないのかもしれません……。
