本日のテーマ

【神仏への過剰な依存は自立を妨げる】

 

 

以前にわたしの講演を聞かれた男性のHさんは、話した内容を参考にして実践してくれていました。
その実践とは「祈り方」です。

 

わたしが心がけていることに、神仏に対しての祈願の仕方があります。
祈願の仕方ですが、
 ○○が叶いますように…
 ○○できるようになりますように…

と祈願することはしません。
なぜならば、この祈願は一方的に依存しているからです。

 

叶うことやできることを願っていますが、順序があると思います。
わたしの祈願はこのようにします

 

「○○が叶うため、すべきことを気づかせて下さい」
「○○ができるようになるために、すべきことを気づかせて下さい」

 

祈願をこのようにする理由は、
「叶えてもらうのではなく、気づくことを祈願し、後は自分で努力すべき」
と思っているからです。

 

「もし自分が神仏の立場であれば、どんな祈願を聞き入れるだろうか?」

そんな発想から感じたことでした。

すべて依存する人よりも、自分で努力する人に力を貸したいです。

そんなわたしの祈願の仕方をHさんが参考にしてくれたということで、嬉しくなりました。

 

また、“なるほど”と思う話を霊能者がしていました。

青森の霊能者、木村藤子氏は、著書『幸せを呼び寄せる30の「気づき」』の中で、このように述べていました。

 

 

「私のところには、さまざまな相談が寄せられます。健康に関する相談、仕事の悩み、夫婦の問題、家庭の中のことなど、その内容は多岐にわたります。しかし、相談の八割以上は、自分の心としっかり向き合い、これまでの行いを見返し反省し心を改めれば、神にお聞きするまでもなく、おのずと解決していく問題ばかりです」

 

 

依存心が強いと自分で考えたりすることをしなくなってしまいます。
木村氏が述べている
「自分の心としっかり向き合い、これまでの行いを見返し反省し心を改めれば…」
が、とても“うなずける”のです。

 

依存心は自立を妨げてしまいます。
自立とは、力をつけ、出来なかったことが出来るようになり、自分の力で生きていくことです。

 

神仏の力を否定するわけではありませんが、過剰な依存がある祈願は良い結果をもたらさないでしょう。
問題事には必ず原因があります。
本当の問題は何か、その本質に目を向けなければ本当の解決はできないでしょう。
そして、自立の力をつけなければ次に問題が起こった時、また依存することになってしまうでしょう。