本日のテーマ
【欲のない遠慮は美しい】
以前、わたしは財布を拾い交番に届けたことがありました。
その際にこう聞かれました。
「お礼を受け取りますか?」
わたしはこう答えました。
「結構です。落とした方に届けばそれで充分です」
そんな言葉を発したのは、
きっとこの話を知っていて感動したからでしょう。
尋常小学校修身書の巻三では『遠慮』について書かれています。
戦前の小学校は尋常(じんじょう)小学校と言い、学校教育において人として成長するために必要な【修身】が教科の科目にありました。
修身とは、現在の【道徳】に相当するものです。
――遠慮する――
昔、正直な馬方(うまかた)がありました。
ある日、馬方は、一人の飛脚を馬に乗せて、遠いところへ送っていきましたが、家に帰って馬の鞍(くら)をおろすと、金のたくさん入っている財布が出ました。
「これは、さっき乗った飛脚の忘れた物にちがいない」
と思って、疲れているのに、遠い道もかまわず、すぐ走っていって、飛脚に会いました。
そうして、くわしくたずねたうえで、その財布を渡しました。
飛脚は、たいそうよろこんで、
「この金がなくなると、私の命もあぶないところでした。あなたのご恩は、ことばでいいつくすことができません」
と、ていねいに礼をのべました。それから、別に持っていたお金を取り出し、
「これは、わずかですが、お礼のしるしに受け取ってください」
といいながら、馬方の前へ差し出しました。
馬方は、おどろいて、
「あなたの物をあなたがお受け取りになるのに、お礼をいただくわけにはまいりません」
といって、手もふれません。飛脚がいくらすすめても、どうしても受け取らず、そのまま帰ろうとします。
飛脚は、どうにかして受け取ってもらおうと思って、金をだんだんへらして、しまいには、ごくわずかにして、
「せめてこればかりは、どうぞ受け取ってください。でないと、私は寝ても寝られません」
と、無理にすすめました。馬方は、
「お礼をいただいてはすみませんが、そんなにまでおしゃいますなら、今夜、休むところをここまで来ました駄賃だけ、この中からいただきましょう」
といって、ほんのわずかのお金を受け取りました。
(文章は『修身の教科書』小池松次編著 サンマーク出版より)
正直であり、欲がなく、謙虚に遠慮する姿勢に感動しました。
心のこもった善意は美しいものです。
「あなたの物をあなたがお受け取りになるのに、お礼をいただくわけにはまいりません」
とてもすばらしい言葉です。
心ある気づかいと配慮の善意は、相手(飛脚)の心にいつまでも残ることでしょう。
わたしは、この「謙虚に遠慮する」を、生き方に取り入れて行くことを決めるのでした。
