本日のテーマ
【問題事が起こらないのが良い家庭?】
子どもがいきなり凶悪犯罪者になる事件が目立っています。
しかも、日頃からおとなしい子や、優等生と思われている子どもが一変するというケースです。
また、日頃問題を起こさないと思われていた家庭で、いきなり凶悪犯罪が起こることも目立ってきたように思います。
外から見て、何の問題もない子どもや家庭で、いきなり凶悪犯罪が起こってしまうのです。
優等生だから“良い子”…
問題を起こさないから“良い家庭”…
という見方が世間ではあるようですが、もしそれが社会の常識であれば、わたしは疑ってしまいます。
優等生は、
悪いことはしません…
規則やルールを守ります…
反抗しません…
勉強を進んでします…
親の言うことを聞きます…
このようにできるように教育指導しても誰でもが優等生に育つとは限りません。
同じ教育をしても、できる子、できない子がいるからです。
できない子は、できが悪いとか、非行化するというレッテルを貼られてしまうこともありますが、何を物差しにして判断しているのでしょう。
小さい問題は起こすが、大きな問題を起こさない子どももいれば、
小さな問題を起こさないが、大きな問題を起こす子どももいます。
優等生の子どもを育てる、問題事を起こさない家庭が良いのでしょうか?
本当の意味で良い家庭とはどんな家庭なのでしょうか?
著書『なぜ「少年」は犯罪に走ったのか』確井真史著(ワニのNEW新書)では、良い家庭について触れています。
第三章の「幸せな家庭こそ危ない」では、このように述べています。
(略)欧米ではその家の中で信じられないような児童虐待が行われており、虐待されてきた子どもが成長して連続殺人犯になる例がいくつも報告されています。日本では、そのような例はあまり聞きません。むしろ過干渉、過期待の家庭の方が多いでしょうか。人から見れば、恵まれた環境でも、子どもにとっては両親に押しつぶされそうな日常を送っています。毎日、必死になって親の期待通りの「よい子」を演じてきたが、ついに演じきれなくなったとき、家庭内暴力が始まったり、犯罪が起きたりします。
もしも子どもが心を開き、我慢せず、家庭に問題を持ち込み、時には反抗や意志表示をすることができていれば、このような結果にはなっていなかったかもしれません。
著者は良い家庭についてこのようにも述べています。
「問題のない家庭が良い家庭ではありません。家族一人ひとりの問題を、家族全体の問題としてとらえ、家族全体が解決に向かっていくのが、良い家庭です。そんな家族の姿は、それほど格好の良いものではないかもしれません。でも、みんなでホームドラマのような家庭を演じているよりも、ずっと本物の家族なのです」
「家族全体が解決に向かっていくのが良い家庭」――とても考えさせられる言葉です。
家族だからこそ、一人ひとりが本音でぶつかり合うことができるのですね。
“心が通じ合う本音の生き方“というのは、世間の見た目ではカッコいいものではないのかもしれません。
