本日のテーマ

【わたしが進んで雪かきをする理由

~先の事を考える~】

 

 

近年では、温暖化などの影響により異常気象で大雨や大雪に見舞われるようになってしまいました。

 

本日は、少し早いですが、積雪で、わたしが心がけていることをお話いたします……。

 

 

大都市は積雪があると
 交通網のマヒ…
 交通事故…
 ケガ人続出…
 停電…
が、たちまち起こってしまい、大都市の弱点を浮き彫りにさせます。
雪がやんだ後も、今度は雪が凍結してしまいしばらくの間は注意が必要になります。

 

雪が積もることにより、特に注意しなければならないのが交通事故や転倒など事故です。
雪が凍結すると、滑りやすく転倒してケガをしてしまいます。
だから雪が積もった時は、後々の事まで考えておかなければなりません。

 

そこで、心がけたいのが雪かきです。
わたしは雪かきを積極にするようにしてきました。

その雪かきをするキッカケとなった出来事がありました。
雪が凍結するとなかなか溶けません。
特に日影の場所では数週間も氷が溶けないこともあります。

わたしはその凍結した道で滑って転倒して、腰を強く打ってしまったことがありました。
このように凍っている間、常に危険が伴うことになります。

 

 

みなさんは、凍結した路面で、滑ってケガをしたり、危ないと感じたりしたことはありますか?
凍結した一か所の道で、“いったいどれだけの人がそんな危ない目に遭うのか?”
わたしのそんな経験から雪かきにやりがいを感じるようになりました。

更にこの話を知ることにより、なおさら雪かきをしなければならないと感じたのです。

 

書籍『13歳からの道徳教科書』道徳教育をすすめる有識者の会・編 育鵬社 

内容は一部省略し、表記は変えています。

 

江戸時代のことです。
浅草の旗本の主人中川三郎兵衛に仕える市九郎は、主人の女と関係を持ってしまいました。
ある時、そのことが主人に知られてしまい、市九郎は主人を殺して女と逃げてしまいました。
逃げた先が木曾山中で、旅人をだまして殺し、物を奪って生活していました。
しかし、後に自分の罪を後悔し、女と別れ、美農国(みののくに 現在の岐阜県)のお寺に駆け込み、住職に今までの罪を懺悔します。

その後、市九郎は修行を積み僧侶となり、名を了海(りょうかい)と改めます。

僧侶となった了海は、世の人を助けるための旅に出たのです。
旅先では、つぐないのために多くの人を助けました。
病で苦しむ老人に出会えば、背負って数理の道を歩く。
橋が壊れていたら、木を切り修繕しました。
1724年の秋のことです。
九州の小倉に渡り、福岡県、大分県を経て四日市を過ぎました。
そのころ里人が鎖渡(くさりわた)しといっている難所に差し掛かります。
ここでは川の左にある山が30メートルほどの絶壁となり、川では水が渦巻いていました。
旅人は岸壁にすがりながら歩かなければなりません。
一年に十人近くの人が命を奪う難所だったのです。
了海はこの難所との出合い、とっさに思ったことがありました。
約360メートル絶壁をくりぬいて道を通じさせようと思ったのです。
ようやく自分が求めていたものが見つかったのでした。
了海はこのように考えました。
一年で十人救えば、十年で百人、百年、千年とたつうちには、千万人の命を救うことができると思いました。
そしてタガネと金槌を使い、21年の歳月をかけ、とうとう道を開通させたのでした。

 

 

了海和尚は先の事を考え自分に動機づけしたのです。
「このトンネルを開通させれば、未来に多くの人を助けることができる」と……。

 

この話がわたしの心に強く響きました。
だからほんの小さな雪かきという行為ですが、
「今雪かきをしておけば、後に凍結して、滑る人、転ぶ人、ケガする人を救うことになる」
とおおげさですが、そのように考えて雪かきをすることにしました。

 

 

 

了海和尚のように先の人のことまで考えた行動をできることからしたいと思っています。