本日のテーマ

自分の襟元を正す】

 

 

わたしは62歳になります。

40代の頃に、ある初老の人から大切なことを教わったことがありました。

その教えから問題意識が生まれ、教わったことを大切にして生きるようになりました。

 

当時、ある飲み会があり、会話する中でいつの間にか政治の話題になっていました。

それぞれの人が意見を言いっています。

酔いもまわり、わたしも偉そうに得意げになり、ある政治家の批判をしていました。

自分の意見の同意を求めたくなり、ある初老の人に話をふりました。

すると、その人は穏やかにこう言いました。

「私は自分のことで精いっぱいで人様のことを言える立場にはありません」

この言葉を聞いたわたしは、拍子抜けしてしまい、しばらくして恥ずかしい気持ちになってしまいました。

 

その後、この教えはわたしの心にだんだん効きはじめます。

初老の男性が言ったことはその通りであると思えてきて、こんな疑問が湧いてきました。

「自分は人のことを言える立場なのか?」

この問いから、人のことを言える立場ではなく、人から批判されることもやってきている自分を自覚することになりました。

このようにして自分の過去を冷静に振り返ったのははじめてのことでした。

 

この気づきから、人のことを言うことに気をつけるようになり、

「人のことを言う前に、まず自分はどうか?」

を意識するように心がけることができるようになっていきました。

 

わたしのこの体験と同じことが聖書に書かれていることを知り、少し驚きました。

その内容がこの教えです。

 

不倫をした女を捕え、しきたりに従い、石をぶつけて殺すため柱に女を縛り、石を投げようとしています。その時に、イエスが通りかかり、それを見て「あなた方は何をしているのでしょうか」と尋ねます。すると、人々は「この女が不倫をしたので、法律に従って、石をぶつけ殺すのだ」と答えました。イエスは「じゃあいいですよ、では最初の石は何一つ悪い事をしたことがない人が投げて下さい」と言って去って行きます。すると、人々は誰も石をなげることができなくなってしまいました。

 

 


自分をしっかり見つめることの大切さを感じます。

自分の襟元をしっかり正したいです。