本日のテーマ

宿命と運命の使い方(1)

~仮説を立て試してみたこと~】

 

 

自らを不幸にしている人がいることを感じます。

 

不運な出来事と遭遇したとします。

その時点で不幸になるかならないかが分かれます。

自分で不幸にする人と、不幸を避けられる人がいます。

また、一度不幸に落とされても、不幸を引きずる人と、不幸を断ち切れる人がいます。

 

わたしは過去に不幸のどん底を何度も味わってきました。

そして、不幸から抜け出してきました。

もし今、不運な出来事が起こっても最初から不幸にはならないし、逆にその不運を幸せになるためのツールにするでしょう。

なぜそんなことができるのか?

実際に試し、何度も同じ結果を出し、自分を成長させるために不運を活用することができてきたからです。

 

今回は3回に渡り、

『わたしの宿命と運命の活用の仕方で不幸にならない自分をつくる』

というお話をさせていただきます。

 

わたしは22歳のときに交通事故で死の淵から生還し、その後3年間は仕事に就くことができませんでした。

40代で会社設立するも4年で倒産に追い込まれ、借金地獄に陥り自殺を決意しました。

事故での肉体的な死と、悩んで自殺を考えた精神的な死を垣間見る人生となってしまいました。

そんな過去でも今思えば、これらの出来事に遭えて良かったと思っています。

いや、良かったレベルではなく、この経験をさせてもらったお陰で凄いものを得ることができたと感謝しているほどです。

もしも人生をやり直しができるとして、若い頃に戻れたとしても、前出の不運な出来事は経験する必要があると思っています。

 

わたしのこんな話をはじめて聞く人がいたら、“頭がおかしい人”と思うかもしれませんね。

不運な出来事をもう一度経験するなんて……。

でも、今回の3話をご覧になってみて下さい。きっとこの事がご理解いただけると思います。

 

これからの話は実話であり、スピリチュアル的なことでもなく、確率的なことでもなく、うさん臭いことでもありません。

わたしからすれば、これは法則だと確信していることです。

 

私たち人類は、「真理」を知っているのでしょうか?

 

真理とは、正しい道理。いかなる場合にも通用する妥当な知識や認識。

 

真理は、“人間は知り得ないもの”という哲学者もいます。

もし、真理を知っていれば争いや、病気、不幸なことを未然に防げることでしょう。

それができないことが真理を知っていないことになるのかもしれません。

 

これからお話することを真理と断定はできませんが、生き方を追究してきたわたしにとってどの哲学より、宗教より、学問より真理に近いと自負しています。

それは、仮説や、空論ではなく、仮説を立て試してみた結果の積み重ねで出した答えだからです。

 

 

今回のお話の「宿命」と「運命」の本当の意味を知り、この活用方法を会得すれば、人生が変わることでしょう。

 

今のわたしは、苦しみとは、

「苦しみの経験は、本当の幸せに近づくために必要不可欠なもの」

と理解しています。

このように理解するのは、実際に不幸や苦しみを生かし人生を変えてきたからです。

 

なぜ多くの人たちは、幸せになって、その後に不幸になるのでしょうか?

幸せになったり、不幸になったり、波のある人生なのか?

もしかしたら…

「幸せになることだけを目指していて、不幸にならないためにすべきことを怠った」

のかもしれません。

わたしは幸せになる前に、不幸にならないことを心がけ実践してきました。

すると、“幸せの方から寄ってきてくれる”ことが分かりました。

 

それに気づいたわたしは、

「幸せを追い求める生き方から、不幸にならない生き方を目指し、その中から幸せを生み出すことを心がける」

ようになりました。

 

 

明日から、幸せを生み出すために「宿命」と「運命」についてお話をすることにしましょう。