本日のテーマ
【自分の体力の限界を知った日】
人間は自分の限界をどれだけ知っているのでしょうか。
人はよく、
一生懸命にした…
最善を尽くした…
とことんやり抜いた……
と言います。
これらの言葉は、もしかしたら自分の限界までやったと言いかえられるのかもしれません。
物の強さの限界はどこまで耐えられるかで決まります。
ゴムであれば、引っ張って、どこまで弾力性があるかを試せば分かります。
固いものであれば、衝撃や重圧をかけ、どこまで耐えられるかを試せば分かります。
私たち人間は、体力面であれば、どれほど重いものを持てるか、持っていることができるかで、ある程度分かるものです。
わたしの体験ですが、体力面ではこんなことがありました。
若い頃の交通事故で左足に重傷を負ってから、ジョギングで鍛えてきました。
ジョギングを始めて5年くらい経ったころです。
もう足も完全に調子を取り戻したし、そろそろフルマラソン(42,195キロ)に出られるのではないかと思ったことがありました。
ある日のこと、よし、自分の限界に挑もうと思い、倒れるまで走ろうと決めました。
いつもでしたら、2キロのダンベル両手に持ちながら約10キロ程度走っていたのですが、その日はダンベルを持たず走り出しました。
体は軽く快調で、42キロを走れる自信がありました。
しかし、15キロを過ぎたあたりから、左足が重くなりだし、だんだん自由が利かなくなっていくではありませんか。
そして17,2キロ地点で、左足が動かなくなり、前にツンノメリ倒れてしまいました。
この瞬間、はじめて自分の左足の限界を知ることになります。
自分で思っていることと、実際に出来ることは違うと実感した瞬間でもありました。
この体験から、自分の出来ることを知っているようで、じつは知っていなかったことに気づくのでした。
それから、自分が出来ること、出来ないことをどれだけ知っているのだろうと、自分に問いかけるようになっていきます。
自分を試さなければ、本当に出来ることは分からないものです。
わたしは、“自分が何を出来るかを知ること”こそが“人生の醍醐味(だいごみ)”のように思います。
アメリカのジャーナリスト、ノーマン・カズンズはこの様なことを言っています。
「誰も死を恐れなくてもいい。ただひとつ恐れなくてはならないのは、自分の持つ最大の力を知らずに死ぬことである」
自分の限界は知っているようで知らないのが人間なのかもしれません。
「出来ることを知らないで、この世を終えるのはとても残念なこと」
と、わたしは思うのです。
