毎日積み重ねる『自分づくりの授業』
本日のテーマ
【豊かさは人の出会いを希薄にする】
便利で快適な生活を送ることができるようになり、つくづく豊かな時代を感じます。
体を動かすことや、時間をかけることなく、事が済む世の中になり、一見快適な生活をしているように見えます。
しかし、見る角度を変えれば、豊かさのリスクも見えてきます。
本日は、「豊かさのリスク」について考えるお話です……。
そのリスクとは、
運動不足…
食生活の乱れ…
人同士のコミュニケーションの減少…
わたしが特に懸念することは、人同士のコミュニケーションの減少です。
例えば、買い物です。
現在では、大型のスーパーがあちらこちらにできています。
そこに行けば、なんでも揃ってしまい、とても便利で快適な買い物ができます。
わたしの子ども時代は、昭和40年代です。
まちの商店街には、八百屋、魚屋、肉屋、乾物屋の顔なじみのおじさん、おばさんがいました。
買い物をするときには会話がつきものでした。
皆が顔なじみで名前を憶えているので会話が弾むのです。
また、銭湯は庶民の社交場として会話がありました。
「近所の○○さんのお宅のおじいさん、体の具合が悪いんだって…」
「○○さんでは、娘さんに赤ちゃんが生まれたそうよ…」
そこに様々な情報源があり、人同士のコミュニケーションの場が存在しました。
現代は、わざわざ出向く必要もなく相手とメールや電話で用件を伝えることができ、自宅に居ながらにしてあらゆる情報交換をすることができます。
しかし、人同士が近くで接しなければ、相手の表情や人のぬくもりを感じることはできません。
人同士というのは、お互いが顔を見合わせ、会話することから、心を徐々に許し合い、そこで本当の人間関係がはじまるのではないでしょうか。
旅先で道が分からないとき、ナビで探すのも結構ですが、地元の人に道を聞くのも出会いであり、また情緒感を味わうこともできるのではないでしょうか。
少し不便の方が人間関係をスムーズにさせる気がします。
昔は、年寄りや子どもの居場所がありました。
誰もが自分を名前で呼んでくれ話しかけてきてくれました。
昔のような商店街や銭湯といったコミュニケーションの場があれば、孤独のお年寄りや子どもの非行も地域社会の力で防げるのではないでしょうか……。
本日は、「コミニケションの場の大切さ」というお話です。
