毎日積み重ねる『自分づくりの授業』
本日のテーマ
【ハングリー精神の喪失】
豊かになればなるほど、日常の生活は便利に、そして快適になります。
日本は戦後から目まぐるしい発展を遂げてきましたが、戦後はとても貧しく厳しい時期を経験しました。
今とは違い、
お金がない…
食べものがない…
物がない…
家がない…
着る物がない…
設備がない…
(危険な思いまでして食料を求めて買い出しする人々)
このような時代と、今の豊かな時代の違いは何でしょう。
昔は……生きる(自ら生きようとした)
今は……生きられる(意識しなくてもどうにか生きられる)
この意識の違いがあると、わたしは思います。
意識とは、“ハングリー精神”です。
戦後の復興を遂げたのは、先輩たちのハングリー精神があったからこそできたのでしょう。
今、このハングリー精神が喪失してしまったようです。
ハングリーとは…
空腹なこと。飢えているさま。精神的な場合についてもいう。
すなわち、ハングリー精神とは…
現在置かれている苦しい境遇から何としても抜け出そうとする意志であり、昔の苦い体験を常に思い出し懸命に頑張ること。
環境に恵まれ過ぎることにより、その恵まれていることが、いつか当たり前となり、感謝を忘れ、自分で何か考え、立ち上げたり、成し遂げたりする発想がなくなってしまいます。
人間は困ること、不自由になることも必要だと、わたしは思います。
困るから…
不自由だから…
自分で何とかしなければならいのです。
現代社会では、当たり前と思えることがあります。
仕事に就けて当たり前…
自分には権利があるのが当たり前…
子どもの教育は学校がして当たり前…
当然今では当たり前ことですが、戦後は当たり前どころか、物資や設備がなく、生きるための衣食住すら整ってなかったのです。
そんな中、先祖、先輩が恵まれない時代の背景で、ハングリー精神でつくり上げてきた社会基盤の上で今の私たちが恩恵を受けています。
だから、毎月きちんとお給料がいただけ、市民権や人権を主張でき、公共の場を利用させていただけているのです。
何もしないで、胡坐(あぐら)をかいていると、問題意識を持って何かを変えたり、つくり上げたりしようともせず、不平不満ばかりが先行して、他人がやるのを待つ他力本願となってしまい、ハングリー精神で自らの力で生きていこうとする自立した人生とは無縁の生活を送ることになってしまいます。
人生は、他人がつくるものではありません。
自分の人生くらい、自分のハングリー精神でつくりたいものです。
本日は、「ハングリー精神」についてのお話です。
