本日のテーマ

【未来の自分からのメッセージ】

 

 

たまに考えてみることがあります。

 

「未来の自分はどんな人生を歩んでいるのか? もし未来の自分から現在の自分にアドバイスをするとしたら、どんなアドバイスをするのか?……」

 

未来のことは誰にもわかりません。
しかし、考えてみれば、
「過去の自分」から見た「現在の自分」は、
過去の当時からすると未来の存在になるという見方もできます。

 

そのことを踏まえ、今度はこんなことを考えみます。
「現在の自分が過去の自分にアドバイスできるとしたら、どんなアドバイスをするか?」

 

例えば、20年前の自分は当時45歳です。
現在の65歳の自分からどんなアドバイスをするのか。

 

アドバイスにもルールつくります。
①未来を具体的に知ることは言ってはいけない
②一つの事柄しかアドバイスできない

 

たぶん過去の自分にこう言うでしょう。
「『どんなときでも前に進め!』これからの人生は、人生で本当にすべきミッションを知るためにさまざまな問題が起きるだろう。しかし、それにはすべて意味がある。それを乗り越えれば必ず答えが見つかる」

 

今回このテーマを書いたのには理由があります。

最近、未来の自分が本当にアドバイスを言いに来ているような気がしてならないからです。


 

何と言っているかって?

未来のわたしが死ぬ間際の言葉のようです。
「ありがとう」
この一言でした。

 

具体的にはわかりませんが、どうやら悪いことではないようです。
推測すると、後悔しない人生だったようです。

 

こんなことってあると思いますか?
もしかしたら幻想なのかもしれません。


しかし、未来の自分からアドバイスをされたらどうでしょう?

きっと素直に聞き入れられ、励みとなり、生き方の支えになることでしょう。


……だから今のわたしは生きがいを持ちながら生きていられるのかもしれません(笑)

 

もし、あなたが過去の自分にアドバイスをするとしたら、どんなアドバイスをするでしょう?
それを考えることにより、未来の自分からのアドバイスの言葉が聞こえるかもしれません。

 


わたしは未来の自分を信じています。
まだ会えぬ未来の自分を。
わたしは今、自分の人生で一番苦労をした40代の自分に言いたいことがあります。


「あなたのお陰で今のわたしがある。ありがとう…」

 

 

 

 

本日のテーマ

【視野の狭さが自分の可能性を閉ざす】

 

 

人は、慣れてしまった生活環境にどっぷり浸かってしまうと、視野が狭くなってしまうことがあります。

すると、その場の景色や習慣に囚われ、このようになってしまいます。
 目先のことしか見ようとしない…
 自分の考えや知識だけが正しいと思ってしまう…
 自分と違う立場の人を理解できない…

 

ことわざに、
「井の中の蛙(かわず)大海を知らず」
があります。
(意味:狭い世界に閉じこもって、広い世界のあることを知らない。狭い知識にとらわれて大局的な判断のできないたとえ)

 

わたしはいつも視野を広げるように意識してきました。
その理由は、以前はとかく何かに没頭するのですが、その世界が全てだと思い込んでしまい視野が狭くなっていたからです。
後に気づき反省するのですが、その後また同じことをくり返している自分がいました。

 

そこで、いつでも視野を狭くしないように心がけるようになりました。
 もっと視野を広げよう…
 もっと違う考えややり方があるかもしれない…

その頃から「決めつける、これでいい」という思いはなくなって行きました。

 

そんなわたしに、吉田松陰の教えがとても参考になりました。

吉田松陰は、幕末の日本に多大な影響を与えた志士たちを世に送り出してきました。

 


松陰は大きな志を持ち日本の未来のために松下村塾を開きます。
その塾で塾生にこんな教えをしていました。

 

 

「毎日起こる社会問題を、政治に結び付けて討論する」

これは、どのような政治を行えば、世の中で起こる問題の発生を防ぐことができるかという発想の訓練でした。

 

そして、松陰は視野を広げることにこだわっていました。

それは松陰が松下村塾を開いたときに宣言した言葉に表われています。


「ぼくは、この松本村の一角で塾を開いた。しかしこの塾から出る英才たちは、長州藩を改革し、日本を改革し、世界を改革するはずだ。そういう俊英が、この小さな村の一角から育って行く。そうありたい」

 

当時は藩が一つの小さな国として考えられていましたが、それより大きな国が日本国、そしてそこにとどまらず世界を視野に入れていました。
いくら小さな村でも視野を広げ、日本全体を見て、世界を視野に入れて学べば世界に羽ばたけると言っているのでしょう。
すばらしい発想です。

 

当時の日本は視野が狭かったのです。
自分の藩が何よりも優先であり、藩同士の争いをしていました。
しかし、世界の諸外国ではそんな内輪もめしている日本を攻めようとしていたのです。

 

視野が狭いと自分のことしか見えなくなり、自分の小さな知識と経験でしか物事を判断できなくなります。

人はこれでよいと決めつけた段階で、それ以上の発想は浮かばなくなります。


わたしは思います。
「人生に決めつけは禁物」

だと。
その理由は、決めつけは可能性を閉ざしてしまうからです。

 

 

 

 

本日のテーマ

【目的の偉大な力

~目的がある人ない人の差~】

 

 

わたしの知り合いで、高校を卒業してある工場に就職した5人の若者たちがいました。

2年後に、一人のAさんは誰もが認めるリーダーとなり、仕事を任されるようになりました。

Aさんは、他の4人の同期生とはどこか違うところがありました。

誰よりも学ぶ姿勢や積極的に仕事に取り組む姿勢があったのです。

なぜそれだけ積極的になれたのか?

わたしには思い当たることがありしました。

入社したての頃に、5人こう聞きました。

「夢を持っていますか?」

4人の若者は、

 分かりません…

 まだありません…

 これから考えます…

 仕事が早くできるようになりたいです…

と答えました。

しかし、Aさんはハッキリと、

「社長になります!」

と言い切ったのです。

 

数年後、この目的が差をつけることになりました。

目的を持って仕事をすることの強さです。

「自分は何のためにこの仕事をしているのか?」

この問いの答えを持っているかいないかで、仕事をやる想いから、やる気、やりがいがまったく違ってきます。

だからわたしは目的を持つことの大切さを述べてきました。

 

仕事でも、人生でもこの目的を持っているかいないかで大きな差が出てくるのです。

本日は、このことがよく分かる2つお話をご紹介しましょう。

 

<レンガ職人の話>

ある旅人が難しい顔をしてレンガを積んでいた男と出会いました。

旅人は足を止めその男に聞きました。

「ココで何をしているのですか?」

「レンガ積みさ。朝から晩まで、俺はここでレンガを積まなきゃいけないのさ。食べるために仕方なくやっているんだ…」

旅人はその男と別れ、しばらく歩くと一所懸命レンガを積んでいる別の男に出会いました。

旅人は聞きました。

「ココで何をしているのですか?」

「これが俺の仕事で、ここで大きな壁を作っているんだ」

旅人は労わりのことばをかけました。

「大変ですね」

「なんてことはないよ。この仕事のおかげで俺は家族を養っていけるんだから…」

旅人は次に活き活きと楽しそうにレンガを積んでいる男に出会いました。

「ココで何をしているのですか?」

「歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ!」

「大変ですね」

「とんでもない。ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだ、素晴らしいじゃないか!」

 

 

<ある鉄道会社の社長の話し>

これは、アメリカのお話です。
ある鉄道会社の社長が、線路の修理現場を視察しました。
すると、ひとりの作業員が親しげに話しかけてきました。
「久しぶりだね! 君もずいぶん出世したものだね。君が社長になったと聞いたときには、本当に驚いたよ」
見ると、その作業員は約10年前に、社長と一緒に作業員として働いていた友人でした。
そして、その友人は言いました。
「10年前は一緒に、50ドルの日給をもらうために働いていたのにね。君も変わったね」

社長は答えました。

「……そうだったのか。君は50ドルをもらうために働いていたのか。私は、10年前も今も、この鉄道会社のために、そして、世の中の人に快適な旅をしてもらうために働いているんだ」

 

 

目的を持つことは、大きな力を備えることになることが分かります。

では、なぜ目的には大きな力があるのでしょう?

 

わたしの経験では、このような力が与えられました。

①  迷うことがなくなる

②  やりがいが生まれる

③  積極的になれる

④  目的を果たすための努力が自然にできる

⑤  無駄なことが分かるようになる(目的に沿わないことが分かる)

⑥  成長が早くできる

 

効力は敵面に現れることでしょう。

だから、わたしは目的をしっかり持ちながら生きてきました。

今では、“目的を持つことの偉大な力”の信者になっているほどです。