ある夜の出来事。

娘が「寝る前に何か面白い話を話して」と無茶ぶりを楽しむかのようなお題を出して来た。

面白い話……そうだなあ。

しばらく考えて、語り始めたのが以下の話。

内容は聞き方によっては怪談に分類してもよい話かとも思える内容だったものの、弟は「いい話」だと強く主張していた。遠い昔。私の実家での出来事だ。

 

まだ子供の頃の事、と言ってもそんなに小さな子供じゃなく中学生か、高校生かくらい。

弟が「いい話を聞いてきたから聴いて」
と嬉しそうに切り出して来た。


話の舞台となったのはどこかのひなびた田舎街。
場末の映画館が建ち、映写技師のお爺さんが1人でその映画館を守りつづけていた。
その日、一人の学生が来館した。上映されていたのは学生の好きな女優の出演している映画。スクリーンを写真に写そうと、学生はカメラを携えていた。
観客席には彼一人だけだった。
何枚かシャッターを切っていたのだが、上映途中に突然映画が途切れ、館内は真っ暗になってしまった。
彼は、『待てばその内始まるだろう』とそのまま座っていたものの、上映は再開しない。
しばらくして学生は怖くなってそのまま帰宅してしまった。
後に分かったのは映写技師のお爺さんがその時に亡くなっていたという事実。
学生は驚く。
数日後、彼がその時に写した写真をよく見ると、スクリーンの女優の目の中に、その映写技師の老人の姿が写っていた…………という内容

映画好きな弟は映画館をずっと維持して来た映写技師のお爺さんの命が途切れる時、その姿が女優の目の中に写り込むという奇跡が、温かく、綺麗な話として純粋に嬉しかった。
だから、いい話を聞いたと言って一生懸命に私に話して聞かせたのだ。

ここまで話し終えた私は

「で、こちらとして気になった点を言うね」

現在の自分の立場から娘に向かい語り始めた。

「小さな所で言うと、お爺さんが倒れた事で、映画の途中で必ず行わなければならないフィルムの交換が行われなかった。映画が途切れたのはそういう理由からだと考えられるよね。とすると館内は真っ暗にはなっていない。フィルムが終わり映写機だけが灯された館内のスクリーンはむしろ真っ白だったと思うんだ」
「まあでも話が伝わる内にそのくらいの事はあるでしょ?」
「勿論。君に本当に話したいのはこの先。

学生は彼がファンである女優を写す為にカメラを持参した。

彼の写した写真の女優の目の中に映写技師が姿が見えたというのなら、写真はおそらく女優の正面、それもかなりアップになっている場面の写真じゃないかな」

「なるほど。可能性はあるよね」

「女優の正面アップ、その目の中に、映写技師を思わせるような人物の姿が写り込んでいた。……それって映画を撮影中の、カメラマンの姿じゃないのかな?」

「!」

「今のように細かな所まで行き届いた撮影ノウハウが確立されている時代の話じゃないと思うんだ。だからそんな事が起こってしまった。普通なら気が付かない程度の写り込みだったのだろうけれど、写真に撮ってじっくり観察する事でそこまで見えてしまった。この話の真相ってそんな所じゃないかなって気がする」

「何かすごい。別の意味でいい話を聞けた気分」

娘はすっかり喜んでくれている。

「ねえ、その話、叔父さんにはしたの?」

「話してない。話を聞いた時にすぐにそこまで思い付いた訳じゃない。それから随分経ってから、改めて思い浮かべた時に気が付いた。第一、ソースが全然分からない話だもの。本当にそんな事があったかどうか怪しいと思うよ。だからあくまでも『もしその話が本当だったなら』としてそれを受けた話」

多分弟はこんな話を聞きたくはないと思う。今の彼がどんな気持ちでその話を受けとめているか分からない。(覚えているかどうかさえ怪しい……)

でもせっかくいい話を聞いたと喜んでいたのだから、やはりこれはそっとしておくべき物だろう。

「何かに書きなよ」

「……うーん。そうだね。また考えておく」

「ありがとう。おやすみ。いい夢みいや」

『いい夢みいや』は多分娘が小さい頃に観たアニメのフレーズだ。

「うん。おやすみ」

いい夢、見られたらいいな……