「海に白鳥がいるんですよ」

職場の女性職員の方に教えて頂き、沼津市に足を運んだのは今から一ヶ月以上前の話だ。

以前にオオハクチョウが八羽、狩野川に来ていた事がある。

それほど離れていない今回の場所に、再び白鳥が訪れて来ていても不思議はない印象だった。

教えて頂いた通りの場所を訪ねてみるとそこにいたのはコブハクチョウだ。

泳いでいるのは三羽。なるほど、そういう事か。

外来種として、すっかり悪者扱いされてしまっている白鳥だ。

 

 

 

しばらく写真を写していると、地元の漁師の方が船尾にエンジンを取り付けただけの小舟で釣りから戻り、舟を陸に引き上げ始めた。

白鳥は少しの距離を置きながら、驚く風もなく静かに泳ぐ。

「この白鳥はよそから来たものですか?」

「そう、野生だよ。五年くらい前にどこかから二羽で来て、去年は二羽、雛を育てたんだけど、その内に親が一羽いなくなっちゃってさ。事故にでもあったんじゃないかな」

三羽となった経緯を話してくれる。

一羽の足にプラスチックのタグが付けられている。この個体が親なのだろう。

一体どこから来たものか。

渡りの白鳥をおびき寄せるためのオトリとして山中湖にコブハクチョウを放したという話を本で読んだ事がある。

ここからならそれ程遠くない。可能性はあるかも知れない。

けれど、他でも似たような話はあるだろう。

本気になれば、この鳥ならどこからでも飛んで来られそうだ。

 

漁師の方が、この鳥を悪く思っている様子は微塵も見られなかった。

土地の人からは、ただの住み着いてしまった白鳥なのだろう。

三羽を咎める理由は、少しも見当たらない。

谷合の小さな川から真水の流れ込むその場所はダイサギ、チュウサギ、コサギ、アオサギ、ユリカモメ、オオバン、ハクセキレイたちがめいめいに振る舞う。

 

翌日、女性職員の方には丁寧にお礼を告げ、ありのままに事実を話した。

「でも白鳥は何も悪くないんですよ」と主観を添えると

「そうですよね」頷いてくれるその女性には、どの部分が問題とされているのかさえよく分からない事だろう。

 

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

 

沼津を代表する歌人若山牧水の歌に描かれた白鳥は、いわゆるこのハクチョウではないという。けれど、今、目の前を泳ぐこの鳥は、まさに染まず漂う曖昧な存在となっている。

当人たちは何も知らないままに穏やかに暮らしている。国内のどこかでは確かに問題が起きているのかも知れない。

でも、ここにはそんな陰りはまるで見当たらない。

ここにいる三羽に哀しい影を落とそうとしているのは、ただの情報の身勝手とさえ思える。

周囲に知られないままに、この入り江にずっといてくれたらいいのになと思う。

 

「これってどうなっているんですか?」

奇妙な写真を見せられた女性職員が首を傾げます。

「分かりにくいですよね……羽づくろいをしているんです。こんな感じです」

私が左腕を上げ、そこに顔を埋める真似をしてみせると納得してくれます。

「近いですよね?」

「近いです。ほとんど人を怖がらないんです」

それでも時には遠くに飛んで行きます。

飛んで行って、それからまた戻って来ます。

やっぱりアヒルとは違っているようです。