ご無沙汰いたしております。ちっともブログを書かずにおりました。

まあ、言い訳は語り出したら尽きません。

いろいろとありました。

それでも少しは自分らしく頑張ろうと、夏の間ずっと趣味で物語を書き続けていたのですけど、それも行き詰まり模様です。

 

物語の小道具として取り上げようとしていたのが川端康成の作品です。

川端の作品の、ささやかな間違いです。

間違いは『鴨居』と『敷居』と勘違い。

川端は作品中で少なくとも2回、鴨居の事を敷居と書いてしまっています。

一つは大正15年2月に書かれた随筆『南伊豆行』の中

『襖を切抜き敷居より電燈を下げて二室兼用とせし頃』という湯ヶ野の福田屋にまつわる描写です。

明らかにこれは鴨居の間違いです。

もう一つは……これはとても見付けるのが難しい所にあります。

『伊豆の踊子』の中の一節

『隣室との間の襖を四角く切り抜いた所に敷居から電燈が下がってゐて、一つの明りが二室兼用になっているのだった』という部分。

伊豆の踊子の書かれたのは大正15年と1月とありますから、上の文章と同じ時期です。

描写も伊豆湯ヶ野の福田屋の描写という事で共通です。

この頃の川端は鴨居の事を敷居と名前を間違えて覚えていたのでしょう。

『南伊豆行』は中公文庫『伊豆の旅』に収録されていますので、現在でもそのままの間違いを読む事が出来ます。

けれど『伊豆の踊子』の方は……こちらを私が「見付けるのが難しい所」と書いた理由は……私の調べた範囲では、今日の出版物は全て『鴨居』と正しく改められていて、『敷居』と間違ったまま出されている本は無いようだからです。

また川端康成全集の巻末の校訂の記録を見てもこの手直しは記載されてされていません。もしかしたら認識されていない間違いなのでしょうか。

私の知る限りではこの間違いを見る事が出来るのは、昭和2年に出版された『伊豆の踊子』の初版です。もちろん本物は私には入手出来ません。が、幸い日本近代文学館が昭和55年に復刻した物が手に入ります。そこにはっきりこの間違いが残されています。

大した間違いではありません。

特に取り上げて論じる程の事ではないと思います。

けれど、それを巡るささやかな物語くらいは書けるかなと思ったのでした。

残念ながら今年はくじけてしまいましたけど……

 

沢山のいい事や悪い事達に囲まれて、賑やかで、何とも慌ただしい一年でした。

「ねえパパ、今は耐えて。いろいろ大変だと思うけど、今は我慢して」

娘が励ましてくれます。うん。まだ大丈夫だよ。ありがと。

特に正月の休みもなく、いつもと同じ月末を迎えます。

たまにはSNSらしくお礼の言葉など述べてみたいと思います。

一年間お世話になりました。

皆さん、本当にありがとうございます。

来年もどうかよろしくお願いします。