◆寄り道ギャラリー1分間のボナール(1) | 新・駅から駅までウォーキング

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寄り道ギャラリー1分間(その30)

今日は、ピエール・ボナール(1)

私の好きなミステリと海外旅行

ピエール・ボナール
『若い女』1905年頃
(東京富士美術館蔵)


★ちょっとひとこと


ピエール・ボナール(1867~1947)はパリ郊外の
フォントネ=オ=ローズの生れ。
父親は陸軍省の役人。
大学の法学部に通いながらアカデミー・ジュリアン
に学び、次いでエコール・デ・バザール(官立美術
学校)で絵の勉強をする。


ポン・タヴェン村でゴーギャンに指導を受けた
ポール・セリュジエを中心にナビ派と呼ばれる
グループを結成する。
ナビとはヘブライ語で預言者の意味。
ナビ派には、ポール・セリュジエ、ピエール・
ボナール、モーリス・ドニ、エドゥアール・
ヴュイヤール、フェリックス・ヴァロットンらが
メンバーとなっている。


1890年に日本美術展を見て感銘を受け「日本風ナビ」
と呼ばれるほど、その影響を大きく採り入れた作品を
描いた。
特に縦長の、まるで掛け軸のような作品にはその特徴
である構図のとり方や余白の使い方が表れている。


ボナールの作品には、温かく、明るく、平和的な日常
を描いたものが多い。

輪郭線のあまりはっきりとしない、やわらかい感じの

絵が多く、また、ポスターや装飾の方面でも多くの作品

がある。
彼の絵には、浴室の風景も多い。
実は妻のマルトが病弱で、異常なまでの入浴好きで
あったため、彼女をモデルに描くと、どうしても入浴
の場面になってしまうという理由があったのだ。


その後1925年に、マルトの療養のため、南フランスの
ル・カンネに別荘を購入し、色彩豊かな風景や室内の
情景や静物を描き続け、1947年にここで亡くなった。


『若い女』はゴーギャンの、そしてナビ派の特徴でも
ある奥行きのない平面的な感じのする作品。
1900年頃から暖色系の色を中心にして温かい雰囲気に
仕上げていて、この絵にもそれが表れている。


ボナールは、身近な題材を好んで採りあげて描いた
ことから、ヴュイヤールとともにアンティミスト
(親密派)とも呼ばれている。


寄り道ギャラリー1分間(その30)
              ‥ピエール・ボナール(1)
2011.2.1
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