静かな朝。 さわやかな空気。


朝日がキラキラと窓に射し込む。


その時、その平和な静けさを打ち破るような奇声が!!


「ふんぎゃぁ~!」みたいな。


悶絶する猫の断末魔の雄叫びか!?


しかし、耳をすませると、奇声の直ぐ後に「あ~あ」という気の抜けた声。


近所のおばさんのくしゃみだったようだ。


およそ50年ほど前は、花の如き麗しき乙女だったであろう。


その頃からは想像できない、いや、その頃を想像できないと言ったほうがいいほどの実に男性的なそのくしゃみ。


そんな朝が時々あるものだ。


これに加えて、時折、また別の近所のおばさんがその場面に参入して、


「あら~、びっくりした!あたしゃぁもうムカデでも出たんか思うてからほんまに。フヒャッハハハ」とけたたましく笑う。


およそ50年ほど前は彼女もうら若き乙女であったろうおばさんは、女性ホルモンの分泌機能の倦怠による減少により、かくも壮絶なる笑い声を閑静な住宅街にこだまさせ、ロマンティックモーニングを庶民的日常へと切り替えるのである。


しかし、そんな瑣末な出来事が、向こう三軒両隣的つながりを保つのに一役買って、非常に有効であることも確かであるように思える。


こんな日常が下劣と感じるような高級住宅街ではないために、このどうでもいいようなある朝の一場面が、私の心をほのぼのゆるゆるにしてくれることも一言添えておこう。

最近アウトドアにはまってるんだ僕は。


特に、山。


約3年のあいだ、ギター弾き語り一筋!みたいな感じで、それはそれは、どこにも行かず、ギターばかり歌ばかりの毎日だったなあ・・・

地元笠岡市内からほとんど出なかったものねえ。

まあ、それが楽しくてしょうがなかったわけで。


しかし、最近やはり僕の中のなにかこう野性でしょうかなあ、野性が無性にこの肉体を自然の中で活動させて、願わくば、自然と一体化して本来の生命力を気界丹田の奥底から、脈々と沸々と地下水脈から泉のごとく湧き出させたい渇望、というやつなんでしょうな。


このような時期が、僕の人生の四季折々の中で定期的にか?衝動的にか?訪れる時があるようだ、ということがわかった気がする。



人にはそういう時期が誰でもあるはずだと思う。

この無機質な現代の表面的物質的時の流れに身を任せるに慣れてしまうと、

その野性の声が、心の耳に届かなくなる。




登山に初めてはまったのは、約15年前くらいだったか・・・

会社勤めの鬱勃たるマンネリの日々に、人生に対する焦燥をそれと分からず、精神がおそらく感じ取り今で言う「鬱」に似た状態にあったのではないかな、と後から考えるとそう思う。

そんな時にそれは忽然とやってきたわけだ。


当時岩手県にいたから、岩手山、早池峰山、秋田駒ケ岳、鳥海山に登らせていただいたっけ。(御山は登ったり征服したりするものでは本来ない。)


それから北岳。


東京本社に帰ってからは、雲取山、甲斐駒ケ岳、谷川岳。それくらいだったかな。


あ、もちろん富士山も。3回くらい。



2、3年で登山熱も小康状態、そしていつしか冷め、その後会社を辞めたら、海外旅行にはまったわけだ。



要するに、旅みたいなことが好きなんでしょうなあ、遊ぶことが好きなんでしょうなあ、別にそんなに凝るわけでもないから、気分次第の中途半端な気まぐれ遊びですがね。




昨日7月9日。今年2回目の大山。今年登山は3回目。十年以上ぶり。

前回は6月18日に友人と二人で、夏山登山道から弥山まで。

今回は単独で、三鈷峰を目指す。



5:00出発。車で。ひとりで。




明地トンネルを抜けると、そこには・・・




行雲流水 ~動く瞑想~




梅雨明け宣言の翌日、ってことで、幸先よし。







大山寺へ向かう途中で、後光の差す大山。



行雲流水 ~動く瞑想~







振り返れば、



行雲流水 ~動く瞑想~






8時に大山寺下の駐車場着。

登山開始。

大神山神社に参拝後、登り始める。



登り初めて少したった風景。




行雲流水 ~動く瞑想~


行雲流水 ~動く瞑想~



行雲流水 ~動く瞑想~



素晴らしいブナ林です!貴重なブナの森。

我々の生きるに必要な水。この下にその貴重な水瓶がある。

サントリーも儲けさせてもらってる。






登山道中盤、中宝珠辺りから見た三鈷峰。


行雲流水 ~動く瞑想~




右を見れば、ガスにかかった大山。

行雲流水 ~動く瞑想~








ユートピア小屋も見えてきた。




行雲流水 ~動く瞑想~



振り返れば、辿ってきた道。その向こうに広がる米子界隈と日本海。

美しい。



行雲流水 ~動く瞑想~


登り始めて2時間30分。ユートピア小屋と三鈷峰への分岐点の尾根に出ました。



見える三鈷峰頂上。




行雲流水 ~動く瞑想~


三鈷峰へ向かう途中。



行雲流水 ~動く瞑想~


咲き始めたクガイソウ。毎年7月20頃から8月上旬にかけてこの辺りは一面このクガイソウのお花畑と化すそうです。これ目当ての登山者もかなり多いそうです。

また見に来よう!




行雲流水 ~動く瞑想~




そして30分足らずで、




行雲流水 ~動く瞑想~



三鈷峰頂上からの風景。

ピンクの花はシモツケ。ただ今旬。

行雲流水 ~動く瞑想~



行雲流水 ~動く瞑想~




三鈷峰頂上から元来た道を引き返し、ユートピア小屋で豪華ランチ!

コンビ二おにぎり2個。ラーメン。レーズンぱん。野菜ジュース。


そして、途中で出会ったおじさんと剣ヶ峰へ向けて出発。


おじさんは途中象ヶ鼻手前の砂すべりから下山。


僕は、剣ヶ峰(大山最高峰)まで行ければ行きたい。その後、出来れば弥山まで縦走。

しかし、この大山縦走路は極度の痩せ尾根。

非常に足場が悪いうえに両側切り立った断崖、ということで、通行禁止となっている。

が、毎年数十名の命知らず?か、登山の達人?がここを縦走する。

そして、今年も去年も数名滑落して帰らぬ人となっている。


当日も僕が見た限りでは、十数名の登山者が剣ヶ峰まで往復していたようだった。



で、結局僕はと言えば、象が鼻を越えて天狗ヶ峰(剣ヶ峰の手前)の手前の痩せ尾根登りの箇所で、あまりの高度感と足場の悪さに足がすくみ、引き返すことに!!

が、引き返そうと振り返れば、更に足元のおぼつかなさと高度感に目がくらみ(失笑)、木に登って降りれなくなった猫、あるいは電柱に登って降りれなくなった熊(そんな映像をTVで以前見た)状態になりながら、尻をつき手をつき命からがら引き返した!

ああ、恥ずかしや・・・


少し下ると、一人の登山者と会う。


僕    「剣ヶ峰まで行かれるんですか?」

登山者 「はい。」

僕    「僕も行こうかと思ったんですが、途中でビビッて引き返しました。ハハハ」

登山者 「そうですか。僕はもう何回も行ってるんでね。」

僕    「へえ、そうですか!縦走もされたことがあるんで??」

登山者 「ええ。弥山手前のらくだの背が最も危なくて、あそこで今年3月頃か、滑落事故があったんですねえ。去年のもあそこだったかなあ・・・」

僕    「へえ(ヒクヒク)、そんなにヤバイんですね・・・」

登山者 「ええ、他にも大山はいろいろルートがあってまだヤバイところがありまして。それでもそういうとこ行く人がいるんですなあ。僕なんかは、縦走くらいが精一杯ですけどね。ハハハ」


と、この60歳前後と見える物静かそうな普通のおじさんは軽く、剣ヶ峰へ向けて遠ざかっていった。

引き返しながら、時折振り返りうらめしそうに眺める僕。

剣ヶ峰へ向けて歩く先ほどの登山者のシルエットが独り稜線のうえに小さく見える。

それは実に絵になっていた。

山の厳しさ、美しさ、人間のたくましさ、はかなさ、自由さ・・・をその絵は写して僕の眼前にクローズアップして迫ってくるようだ。


僕は、(いつかあの稜線に立って、あのように悠々と歩きたい・・・)という想いがよぎるのを禁じえなかった。



Youtubeにその大山縦走路の動画がアップされているとの情報をいただき、どんなものかというのはこれをご覧いただければ、一目瞭然!

この方も凄いですね(汗)こんなとこ撮影しながら歩くなんて・・・

http://www.youtube.com/watch?v=ICd1_q5WZk4&feature=channel_video_title


僕が引き返したのは、1:03から映るとこです。

「らくだの背」もしっかり映ってます!動画1:40から。激やば(゚_゚i)




ってことで、その後は順調に砂すべり経由で下山しました。


大神山神社に登山の無事のお礼を申し上げ、帰路につく。



行雲流水 ~動く瞑想~


行雲流水 ~動く瞑想~



行雲流水 ~動く瞑想~





帰りは、いつものように蒜山やきそば→湯原温泉砂湯(無料)



毎回思うが、こんな豪勢な贅沢な満喫できる旅があるでしょうか?!



ふるさと最発見、日本再発見の旅はこれからも続く!怒涛のごとく!






そういえば、ハタと思い出したあるよ!



その手前にUPしたブログ記事のですな、気づきにいたる序章ね、いわゆるプロローグってゆうのかなあ、それが昨日あったんだなあ。



となり街の福山の祭りの路上ライブに出演して帰る途中、


とある居酒屋のような店の入り口の看板を何気に見たとき、



「道に迷ったおかげで、いろんな人と出会えた。・・・」


という言葉を目にした。



う~ん、こりゃ実にいい言葉だと、感心した。




そっからつながって今朝の気づきなわけでしょう!





これはね、こういうときはね、きっといいことがあるんだよ・・・




年はとるっつうもんだね。