最近天気のいい日は朝小一時間ばかり近所の田舎道を歩く。
今日は若い男子高校生にある気づきを与えられた。
あぜ道を歩いてる僕の後ろから走ってくる男の子とそれに自転車で伴走してくる男の子。
通りすがりに「オザアス(おはようございます)!」とあいさつしていく。
(田舎の子は高校生も中学生も小学生も結構あいさつをする。
しない子もいるが、照れ屋かなんかだろう。)
二人とも高校の体操着を着ていて部活かなんかで登校中なんだろう、と思い、
その体操着と走る方角からして、おそらく隣の市にあるK高校なわけで、
となると、20km弱はあるはず。
(元気ええなあ!)と感心しつつ、
そこで、ある感覚が僕の体を突き抜けたんです。
(これは旅である!)
そして、なぜ旅を感じたのか?!と沈思してゆくと、
旅の定義というか特性というかが、僕の頭ん中で形になってきた!
旅とは、
目的地までのプロセスにその醍醐味がある!
ゆえに、移動手段がゆっくりであればあるほど、旅の濃密度があがる!
要するに、飛行機より船、電車、バス、自転車、徒歩、という具合に濃密度があがるってぇ寸法よ!
そして、それは何ゆえかと問われれば、ゆっくりしたプロセスであればあるほど、いろんな各種の体験をする確率が高くなるのは否めない!
見ること、聞くこと、感じること、人との出会い・・・
そして、これを人生に置き換えると?!
決められたレールの上を順風満帆に進んでゆくのもいいが、紆余曲折があって、傍目には遅々たる歩みのように見える人生こそ、そこに人生(旅)の醍醐味が味わえる、というようなシステムになっておるのではないのではなかろうか!!ってなことなんすよ。
前者は旅でいえば、ツアーコンダクターに付き添われていくツアー、後者はすべて自分でアレンジしていく個人旅行。
個人旅行の場合、時に目的地も決めないで行きあったりばったりの時もある。後者の方がスリルにあふれていることは万人の認めるところ。
しばしば、人生とは旅のようなもの、という言葉を聞くことがあるが、
結局、人間の本質というか本能は、旅することを求めているんじゃあなかろうか?
そして、旅とは、そこに冒険的要素、開拓精神的要素を大いに含んでおる。
人間にとって、冒険心、開拓精神というものは、なくてはならないものであるし、それがなくなったら(というかなくなることはないだろうから「忘れたら」といったほうがいいか)その時は、人間として「生きている」という感覚がすごく希薄になってしまうんじゃあないでしょうか?
そんな思考を巡らして、(こりゃ凄い気づきや発見や!)とお目出度くなると同時に、自分を肯定する材料になる。
僕なんかというものは、旅もそこそこしたし、今のところ紆余曲折ばかりの人生であったし、今もそうだし、まあもう慣れちゃったところもあるから、前ほどの焦燥感とかゆうものは薄くなってるけど、
要は、(俺って根っから旅人なんだなあ・・・)とふとこの度の気づきから思ったっつうことです。
ただ、いかんせん中途半端なところもあるのでね、なにかこうもっとドカ~ンというような、全身これアドレナリン的なおめでたさを発揮する必要もあるよなあ・・・
っていう風に、
いやああの若々しいさわやかな5月の新緑か風のような高校生に、
僕は教えられた。
ケセラセラ♪


