最近アメブロではアクセス解析ができるようになったんですね。


そのおかげで、皆様がこのブログに足を運んでいただいているのがよくわかるようになりました。


何かとてもうれしい気持ちになります。






物事に取り組むとき、こうした「うれしい」「楽しい」という気持ちはとても大きなモチベーションになります。


もちろん、必ずしもそうした気持ちになることを求めて行動するわけではないにせよ、そうなるようにしたいのが正直な気持ちです。






さらに、一度こうした気持ちを味わえると、再び同じ気持ちを求めて取り組むということも珍しくないでしょう。






またその気持ちに浸れるなら、多少つらいことがあってもそれを成長の糧にできる!






おや。






この話、どこかで聞いたことありませんか?







んんん。







そうです、ギャンブル(笑)







一度でも一攫千金を経験すると、その味が忘れられなくなって、どんどんとお金をつぎ込んでしまう。







多少負けが続いても、それは「運」をチャージしているんだ!とまい進し続ける。







っても、さすがにギャンブルの理屈を自己啓発に持ち込むつもりはありません。






ギャンブルで得られる一時的な富と、成功体験の積み重ねで得られる豊かさ。






その良し悪しを語ることはできません。


自己判断でどうぞ。






ただ、もうひとつギャンブルの鉄則があります。(らしい)


まぁ人から聞いた話なので信憑性はあるかわかりませんが。






ギャンブルは、お金をより多くかけた人間が勝つ。






なんとなく意味はわかるような気がします。


確率論的な話なのかな?





それは置いておいて。






ギャンブルはお金をよりたくさんかけた人間が勝つ。






なら、最初の話を絡めると、






負けている時も、今は運のチャージだと言って投資し続けていると、結果として勝つ。






おや、これは。






また自己啓発的な話に戻ってきました。






失敗をしたときも、それは今後の成長の糧になるから挑戦しつづけよう。結果はかならず報われる。






あらま。






つまり、






成長は、その機会に出会えば出会うほど、報われる。






ギャンブルはお金をよりたくさんかけた人間が勝つ。


に、似てません?いや、きっと同じやも。






と、うまく話がまとまっていないといううわさもありつつ、ここまで。






たかがギャンブルですが、そこから学ぼうと思えば何とでもなるようです。


世の中学びの場だらけなのかもしれません。

先日、舞台「with you」を鑑賞しました。


この舞台はかの有名な経営コンサルタントである神田昌典氏の著「成功者の告白」を原作としたもの。







当日、グッズ売り場に神田先生ご本人がいらっしゃったのは驚きました。






どのような内容かというと、・・・







成功者の告白を読めば分かります。







また内容には触れません・・・。






で、神田先生の考えに私は心の底の底から共感し、実践しています。







その点で話すと、最近またよく取りざたされる小中学生のいじめによる自殺は、決してその原因となった教師や学校に責任追及をして終わる話ではないように思います。







つまり、あの子どもたちは、私たちにあることを気づかせるためのスケープゴート(生け贄)であるのではないか。








彼らは自らの悲しみのもとに死を選んだだけでなく、私たちに悲劇の第二幕の到来を告げているのではないか。








最近はそう考えることで社会、特にこの場合は学校教育というコミュニティがバランスをとっていると捉えています。








つまり、このままでは・・・







実は最近、身の回りや社会全体のエネルギーのバランスについてとても興味があります。







自立的でポジティブな社長が、イケイケドンドン!と突き進むほど、社員は暗くなっていく。(それは明るみにでないところで起こっているかも)







もちろん、全員が全員ではありませんよ。







仕事が順調でおれについて来い!という旦那の横で、妻は暗くなっていく。







これも全員にいえることではありません。







ただ、







心当たりのある方はいらっしゃいませんか?








そこ結果として社員は会社を辞め、妻には逃げられ・・・








逆を言えば、会社を辞めた社員、これは社長に大事なことを伝えようとした生け贄なのでしょう。







逃げた妻は、自分の道を突き進む夫に大事なことを思い出させるための生け贄なのかもしれません。







こう考えると、これまで自分に起きたいわゆる不幸な出来事は、起こるべくして起こったものなのかもしれません。







さらには、これから自分に起こる出来事だって予測できるのかもしれません。







これは決して占い的なものでもありませんし、誰かを脅すためにお話しているわけではありません。







ただ、最近私はこの考え方に基づいて生活をし、過去を検証し、未来を見据えているというだけです。








ふと、誰かに話したくなって書きました。

もうやめます。


これまで一生懸命続けてきましたが。


名残惜しい気持ちもありますが、これも自分のためです。





お説教の時に「なんで?」と聞くのをやめます。





ひとつ気がつきました。


部下の失敗に対して「なんでこうしたの?」と聞くことはあまりよくない。


だって、それは彼らが一生懸命頑張った結果だから。


確かに彼らの失敗は私にとっては損失です。


私の理想の結果を生まないと、むかつくこともあります。


でも、それが彼らの全力であることは間違いない。







「なんで?」と聞くことは相手の頑張りを否定することになりかねないと思ったんです。


もちろん、失敗の原因を追求して同じ失敗を繰り返さないようにして欲しいというのが本意ではあります。


でも、そこまでフィードバックできるくらいなら、その彼は私に雇われる必要はありません。


むしろ私がその彼についていきたい。






私は日々失敗の連続。


自分の失敗だから「次はああしよう、こうしよう。」というのは簡単です。


でもそれを他人から、しかも威圧的に言われたらちょっとツライ。





だから、お説教の時に「なんで?」と追求するのはやめます。





なので、




「今回こういう結果になってしまった。次はどういう結果になるのが理想だろうか?」


「それを実現するための第一歩として、今、何ができるだろうか?」





こう聞くようにします。


この言い方の自分なりのポイントは「第一歩として、今、何ができるだろうか?」というところ。




ある人の話で、こんな話がありました。



「英語で“今”をあらわす単語って何?そう、“present”。


“今”という時間は、皆に与えられた“プレゼント”なんだ。だから何よりもまず“今”に一生懸命になろう。」





感動しました。


過去を振り返るのも、未来の展望を抱くのも、もちろんどちらも大事なことです。


でも、“今”ほど大事なものはない。


過去の出来事だって、そのときは“今”だった。


未来だって、これから迎える“今”なんですよね。


だから“今”ほど大事なものはない。





「第一歩として、今、何ができるだろうか?」





これからは自分の失敗も、部下の失敗も、終わった結果ではなく、今何が出来るのかということを追及していきたい。


もちろん、人生全体についても、“今”を大切にしていこうと思う。

左利きの大卒男性、右利きよりも高給取り=米調査


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060811-00000407-reu-ent


[ニューヨーク 10日 ロイター] 米国で行われた最新の調査で、

左利きの男性は、右利きの男性よりも多く稼いでいることが分かった。

 全米経済研究所が、ラファイエット大学のクリストファー・S・ルー

ベック氏、ジョンズ・ホプキンス大学のジョセフ・ハリントン氏・ロバ

ート・モフィット氏の共同研究論文を発表したもの。それによると、

大卒男性の場合、左利きは右利きに比べて約26%高い給料を

貰っているという。同論文は「いくつかの示唆的、かつ経済的・統

計的に意義のある結果が得られた」としたうえで、これらの事象

をすべて説明できる理論については見つかっていないとしている。 

また、女性には、こういった差は見られないとしている。



******************* 以上、引用 *******************



私は左です。

そう、思想ではなく利き手が。




でもひとつ気になることがあります。




私、鉛筆を持つのは左手なんですが、


お箸は右


ボールを投げるのは右


野球のバットは右


テニスラケットは右


ゴルフは右


ボクシングでデビューするなら右


そして、ボールを蹴る(サッカー)は左なんです。





この状態で、左利きの方が年収が高いといわれるのは非常に複雑な心境です。




一応大学卒業の条件はクリアしたので、あとはこれを左利きと言ってよいかどうか。




もちろんプラス思考な意味でこの記事を紹介しているのはいうまでもありませんが、書いている途中で感じたので触れておきました。




日常レベルな話ですが、「左利きの方って頭が良いんですよね。」とかよく言っていただきます。


たしかに、右利きと方とは脳の発達の仕方に違いがでているでしょうから、頭が良いというか、少し変わった人間になっているのかもしれません。




もし本当に左利きの方が賢かったり、年収が高かったりするのが事実であれば、自分の子どもを育てるとき、かなり悩むことでしょう。わざわざ躾として左利きに持ち込むのはどうかと思いつつ、子どもの将来を考えれば早いうちに多くの可能性を与えてあげたい。




これはいまから悩みのタネになりそうです。


特に自分が左利きな以上、あまり抵抗もないですしね。






あ、目も右が利き目でした。

最近、異業種の社長の方々とお話をさせていただくことが多い。


とはいえ、師範について回っているだけなので邪魔にならないようにしているだけで必死なのだが・・・・




そこでいつも考えさせられること。




他の社長さんって、ホントの回転速いし、アイデアもバンバン出てくるし、まさに社長って感じ。





そう、いつも自分が社長を語っているのが恐縮なほどに勉強させてもらっている。


圧倒的な知識と経験で、明らかに私よりも・・・


と比べている時点で恐縮。






これだけたくさんのすご腕社長がいると、さらに頑張らないかんと燃える。


なんて、自分に言い聞かせなおすための記事になりました。

先日、ある回転寿司のお店に行ったのだが、そこの仕組みといったらずさんな印象だった。




通常欲しいネタが回っていなければ、レールに囲まれて握っている板前(?)さんに直接頼んで握ってもらうのは皆さまもご存知の通りかと。


当然、注文を受けた一皿を直接手渡ししてくれるのが常識だと思っていた。




しかし、その店は違った。


自分が欲しいネタを注文すると、「ちょっと待っててね」という掛け声とともに注文を受けたネタを10皿前後握り始めるのである。


もちろん注文をした客が欲しいのはそのうちの一皿だけで、店の作業効率を上げるために食べるのをワンテンポ遅らせなければならないのだ。




さらにもうひとつ。


注文をきっかけに10皿くらい握られた寿司たちはその場でレールに乗せられていた。


そして、それをはじめに注文した客には「さっきのアレ、流しましたからね」と一言。


たしかに数分もすれば手元に届くので文句のいいようがないが、それにしても戸惑ってしまった。




この話、様々な観点から見ることができる。


まず、その店はそういうルール・慣習であり、いくら客だとはいえ、その場のそれを自分のものさしで見てしまうことのもったいなさ、みたいな。


次、その店は自分たちの作業効率ばかりに目がいっていて、客が「頼んだらスグに来るものだ」、「すぐに食べたい」、などの気持ちを満足させようという気持ちがないのではという疑念。


そして私が一番今回興味深い点はこれ。




ひとりが注文したものをその場で10皿くらい握ってレールに乗せることが、「隣の芝は青い」ように見える心理を利用したものであるとすると、実に売上向上のヒントがそこにあるのではないかという期待。




一例を挙げる。




ある人が板前に向かって「マグロひとつ」と叫ぶ。


その声を拾った板前は店中に聞こえるようにこう返す「マグロおひとつですね!あんがとうございます!」




さてここで、あなたがその横で座ってお寿司を楽しんでいたらどのように感じるだろうか。


周りにまったく動じないという方もいるかもしれないが、「マグロ」が気になる方も少なくないのではないだろうか?




「あ、マグロなんか良いねぇ」




とはいえ目前のレールに「マグロ」は今のところ流れていない。(だから前述の彼は「マグロ」を注文した)


かといって、ここで「マグロ」を連続で注文するのは真似たようでプライドが許さない(のは私だけ?)。


こうして「マグロ」への思いは募るばかりである。




そこに気の利く板前が、「マグロ」を10皿握ってレールに流しはじめた。




キターーーーーーーーーーーーーーーッ!!!




と、こんな感じだろう。


日本人特有(?)の集団心理を利用した立派な販売戦術である。




ただ、私が行った寿司屋のように、注文した当人を待たせることは避けるべきなのでそこを改善し、ある注文を受けたらすぐにその商品は客に出す。その直後にすかさず、それと同じネタを10皿前後、レールに流す。




これを応用すれば、客単価や回転率の増加を見込めるだろう。

まずはお写真を一枚。



スケールの違いをみせつけられた



つ、ついにこいつの運転席に座った。





おや、




ナンバープレートに何か・・・




あ!




「わ」ナンバー!





はい、恒例のレンタカーでございます。





いつもはたった4,000円で借りるレンタカーを、今回はおよそ5倍の金額で。





いやぁ、実に気分がよかった。





今日はここまで。

タイトルだけで言いたいことを言い終えてしましました。




ちょっと今日は頭のはたらきが鈍かったような気がする。


今またホームページ関連の仕事を進めているので、タグとにらめっこだし、見た目にこだわったりで疲れました。




明日は半日くらい読書の時間にして、あとはリフレッシュタイム~


でも雨の予報だから一日読書タイムかな~




ビジョナリーカンパニー特別編を読み終えたのですが、これによりビジョナリーカンパニー2へのアツい思いが再燃。




第5水準のリーダーシップとか、ストックデールの逆説とか、もう目からウロコの話ばかりです。




私を起業に駆り立てた張本人のひとりなので、一生バイブルとして側においておきたい一冊です。


皆さんもぜひ。

七夕でございますね。


七夕の日


これは国立市内某所ですが、会社にも生の笹をたてて社員やバイトの皆が短冊を飾っています。


自分の願いを込めて筆をはしらせるというのは非常に趣深いことです。




私は短冊に「従業員皆が幸せな人生を送れますように。」


としたためました。




普段から意識はしていますが、改めて書いてみると気持ちが引き締まります。





さらに、社員たちも会社が良くなるようにといったことを書いてくれました。


これが普段の導きの成果だと良いんですが・・・




どちらにしろ、少し前よりも大きくなった器が垣間見えたような気がして、感動しました。

以前にも紹介した、ワタミ社長であり私立郁文館中高理事長でもある渡邉美樹さんの著書「さあ、学校をはじめよう」から引用させていただく。




その中から郁文館中高で掲げられている「郁文十訓」を紹介しよう。





一、笑顔で元気よく挨拶のできる礼儀正しい人となれ


一、「我以外皆、師なり」の心を持つ謙虚な人となれ


一、自ら学び、自ら律し、自ら歩む自立の人となれ


一、日々前進を試みる挑戦の人となれ


一、他人の喜び、悲しみを共有できる思いやりの人となれ


一、約束を守り、嘘をつかぬ誠実な人となれ


一、不正義を許さぬ勇気の人となれ


一、正しいと思い決めたことは、あきらめずに最後までやり遂げる忍耐強き人となれ


一、美しきものに感激できる、正直の人となれ


一、成功の後に感謝できる素直な人となれ





私はこの本を読んで多くの点に感動をし、学ばせていただいた。


特にこの十訓は小さなカードに書き、それを社員全員に携帯させている。




さらに毎朝の会議で黙読させている。




もちろん、ただ黙読させているのではない。


それぞれの項目を実行しているイメージを思い浮かべながら黙読するのだ。




しかも毎日。


思い浮かべるイメージも、毎日同じで構わないと伝えている。




ある日、ひとりの社員がこう言った。


「毎日同じイメージを浮かべていると、どうしても飽きてしまいますね。」




そうだ。


飽きる。




そして、私の狙いはそこにある。




つまり、飽きた時こそが、潜在意識に影響を与えられた瞬間だと思っている。




飽きたということはその考えが脳にこびりついた瞬間だと考えている。


たとえそれが強制的なプロセスを通っているとしてもこびりついている事実は変わらないのではないだろうか。




小学校2年生でかけ算の九九をおぼえた時のことを考えてみて欲しい。


誰しもがおぼえるこの九九、最後は皆、実は飽きている状態だと考えている。




飽きているからこそ、潜在意識にその事象がインプットされているのではないだろうか。





こうなれば、日々の仕事や事件の中で潜在意識が働きだす。





他人の喜びや悲しみは共有するべきものだと脳が反応する。


正しいと決めたことは最後まであきらめてはいけないと脳が反応する。




このきっかけさえつかめば、後は急速に成長できると確信している。




そして、この偉大な仕組みは他の何をやるときにも応用ができるだろう。


頭ごなしに理念だけ押し付けても仕方ない。


あくまでそれを受け取る人間の深層心理レベルでその理念が作用しなければならない。




そんなことを考えながら、毎日の会議は順調に進んでいる。