もう凹むのはやめた。


そう、今日新たな自分の改革案ができあがったのでここに宣言することにした。




宣言


「このミクシィで自分の使命を公開し、この日記でその実現への軌跡を記す。」




ここで言う使命とは、なぜ自分がこの世に生まれて、生きているかという自分の存在意義である。


たしかに、この年齢で思う使命なぞ、口だけなのかもしれない。


しかし、私はあえてこのミクシィという場に自分の使命を公開し、皆にオブザーブしてもらうことを願う。


これはひとつの自己啓発でもあり、私に共感してくれる人がいてくれるなら、そうした人たちとの交流の場にもなる。





自分の使命を公開し、その実現過程を日記にしていく。


これで言い逃れはできなくなるし、あきらめることなんて決してできなくなる。





あきらめた時、それは人生最大の恥であり、ミクシィ至上最高の嘘つきとなるだろう。



それを踏まえての選択。


私は本気だ。



使命


「日本の学校教育に市場原理を導入し、学校教育史に名を残す。」



教育は何のために行うものか?


それに対する私の答えはただひとつ、自立するため。


人は生きていかなければならない。



では、その生きるための教育を施すのは誰か?


最も広い意味で捉えれば、すべての行動はその人にとっては成長の糧となりうるから、身の回りの出来事が教育だといえるかもしれない。


だが、私はここで学校での教育にこだわることにした。


それは、紛れもなく自分が学校で多くの先生方に育てられ、自らも教師の道を一度でも志したからだ。


そう、生きるための教育を施すべき存在なのは他でもない、学校の先生だと思う。



子どもたちは生まれてすぐに親という人生はじめての教育者に出会う。


では次に出会う教育者はだれか?



それが小学校の教師だ。



たしかに、小学校入学までにも多くの教育者に出会うのかもしれない。


だが、小学校から義務教育がはじまることから考えれば、その教師の影響力は、たとえば幼児教室の先生とは比べ物にならないだろう。


このことも踏まえて、人生で2番目に出会う教育者が小学校の教師だと、ここでは誤解を恐れずにあえて断言する。



小学校の6年間がその後の人格形成に多大な影響を与えるということは、わざわざ言うまでもないだろう。




その教師の世界がどのようなものか。


それを私は大学、本、そしてたくさんの人の話を聞くことで知ることとなった。



私は公務員や官僚の制度が必ずしも悪いとは思わない。


これまでの日本根付いて機能してきたものなのだから、やみくもに否定するつもりはない。



ただ、ひとつだけ納得できないことがある。


それは、子どもたちのために努力をしている教師とそうでない教師に与えられる評価に違いが見受けられない点である。


評価とは単純に地位と給料だ。



教育は金のためにやるものではないという話もよく理解できるが、この日本は資本主義の国ではなかったのか。


努力して成果を挙げる人間が評価され、それ相応の給料をもらう。


その逆は辞めさせられるなり、減給されるなりの対処をされる。



民間では当たり前のこの考え方が、教師には通用しない。



教師だけではない。


学校という組織についても同じことが言えるだろう。


特に少子化を迎えるこれからの時代、公立でも学校が淘汰されてくる中で、自らの魅力を生徒や保護者にプロモーションできない学校はつぶれるべきだと思う。


自分の学校をなんとか残そうという努力(民間なら当たり前の企業努力といえるものだが)すら出来ない学校はたとえ存続しても、子どもたちのための最良の教育を提供できるのか疑問である。



これからの時代は今まで以上に自助努力が必要だと感じている。


国民総中流時代はほぼ終わり、「勝ち組」「負け組」という言葉が聞かれるようになった。


日本も2割の金持ちが残り8割の財産をもつ国へと移行しているように感じている。



こうした時代において、学校、特に公立学校の改革は遅れていると言わざるを得ないのではないだろうか。



私はこの改革をする。


それを使命として背負い、これからの人生を歩んでいくことにした。




学校が大好きで、いつも先生にあこがれていた。


そんな私だからこそ、この改革実現のために自らの人生を捧げたいと思う。



今は無謀なことを言っていると言われても仕方がない。


ただ私はこの使命のために、これから一歩一歩進んでいくのみだ。


すべての行動は使命のためかどうかという問いかけをしながら進んでいく。


時には思い通りにいかないこともあるはずだ。


しかし、そうした経験すべてが使命を果たす上でのプロセスとなればそれでよい。




最後に、もし私に共感してもらえる人が一人でも居るのならば、ぜひ名乗り出て欲しい。


それは単なる出会いにとどまらず、この改革を実現させるための同志となると信じてやまないからだ。




それでははじめよう。


子どもたちひとりひとりが最高の未来を迎えられるように。



そして、強い日本をつくるために。




2006.6.20 静かな夜、東京国立にて。