ψ  筆者作 「黄色いレストラン」F20油彩


✞ゴッホ作 「黄色いレストラン」
  ゴッホの画業の中で、特記さるべき場所とはオーヴェールとアルルの二箇所となろう。筆者は、この地理的事情が彼の精神や作品と大きく関係しているように思えてならない。オーヴェールはパリ近郊の小さな町で、ゴッホ終焉の地である。暗鬱な雲垂れこめるパリに近いこともあり、イメージ的にも暗い。どこか不吉な、絶筆に近い「カラス舞う麦畑」は今でもそのままの麦畑で、彼はここでピストルの引き金を引く。あとはテオと並んだ質素な彼の墓と、作品にもなったかの教会、ガシェ医師の家、先のラヴ亭ぐらいか。一時滞在したセザンヌが描いた「首吊りの家」というのもある。因みに此処は、フォーヴの巨匠ヴラマンクのアトリエもあったとろで、1924年、彼の弟子里見勝蔵に連れられ其処を訪れた佐伯祐三が「このアカデミズム!」の雷を落とされたところでもある。ヴラマンクも佐伯も明度、彩度とも決して明るくない。
 一方アルルは、サンレミ、セザンヌのエクスなどと共にプロヴァンス地方の町だ。プロヴァンスは地中海沿いにイタリア、スペインとも近く、明るく情熱的なイメージがある。ゴッホは「日本のように明るい」と、行ってもいない日本をイメージしたそうだが、その明るさとパッショネートは、「星月夜」、「ひまわり」、「跳ね橋」などの作品で留まっていれば良かったが、「耳切り事件」、精神病入院、ゴーギャンとの決別など、行き過ぎた結果を生む。つまり中間がないのだ。明るい所でも暗い所でもは精神がおかしくなる。それ故のゴッホなのかも知れないが。
 上掲拙作は、「cafe la nuit 」(夜のカフェ)、「cafe van gogh」(カフェ ヴァン・ゴッホ)と二つの看板表記がある、ゴッホが描いた「黄色いレストラン」である。それに因み夜の絵にした。今も当時と殆ど変わっていない。