Ψ筆者作「相談」 F8 アンコスティーク(蝋がけ後研磨前)
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ところで、技法書類の一般的定義では「アンコスティーク」を「蝋画」と訳しているものが多い。その説明を読むと溶かした蜜蝋をメデュームにして顔料で描くものと言う趣旨である。現代においてもクレヨンに似た、その既製品もあるようだ。この場合は最初から蝋に顔料を溶かしている。
 しかし、ここで取り上げ、ポンペイのものとされているアンコスティークは、それとは全く別物ということになる。共通項は蜜蝋を熱で溶かすということのみである。この辺の解釈の幅は画材に因む外国語には多い。そもそもフレスコやテンペラは「絵画」の英訳[painting]ではないのである。
 普通に考えれば、溶かした蝋で絵を描くなど容易なことではない。パレット自体がいつも蝋が溶けている状態を維持出来る金属的なものでなければならないし、かつ筆も支持体も一定の温度が必要だろう。
 やってみたが、どうやってみてもすぐに固まり絵どころではない。一つだけ思い出したものがある。それは意外にもアメリカンポップアートの旗手、ジャスパー・ジョーンズの星条旗をそのまま絵にした作品である。あれは蜜蝋で描かれた。他に蝋画は多くのの画家を魅了したと、かの技法書に書いてあったが、それ自体相当な技術的工夫が必要と思うが、これも棺に描く絵などで現に古代では行われていたのである。
 いずれにしろそれはポンペイ壁画ではない。もしそれがその蝋画なら、多くがベスビオスの火山灰の熱でひとたまりもなく溶けていただろう。と考えるとポンペイのアンコスティークに蝋が残っているというのも不可解であるが、これが先に述べた筆者が引っ掛かる最大の点である。いずれにしろ、それは単なる蝋画ではなくフレスコであったということに結論づけるしかない。
 上掲拙作は満足ではないにしても一応このアンコスティークの処方に従ったものである。これは前稿で述べた、上塗りスタッコに顔料を混ぜて塗り、その部分を残したもの。ポンペイ壁画も描画部分は少なく、それを背景として残したものが多い。蝋がけとトーチによる蝋の溶かしも一応やったが、未だ本格的に磨いてはおらず、タイル画のような艶は出ていない。一方、一部亀裂など入り、古い壁らしい趣きは出ているところもある。因みに別作ではトーチの火が強すぎ、蝋を焼いてしまい、下の描画が露出してしまった部分的な失敗もある。
  (つづく)
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