Ψ筆者作「青いバラのまわりで」 不定形 アンコスティーク(蜜蝋がけ前)

フレスコはブオノ(湿式)とセッコ(乾式)に大別される。セッコの媒材となったカゼインや鶏卵(レシチン)は、各々独立してテンペラ画法となる。鶏卵の黄身だけで顔料を溶くテンペラ・マグラはビザンチンでイコンの画法となる。さらに、全卵を使うグラッサや油彩との分離画法のミスタはそれぞれヨーロッパ南部と北部の油彩前の中心画法となる。代表格はボッティチェルリ。いずれも面倒な材料の準備や下地作りを伴う。
フレスコに戻ると、上記ブオノ、セッコと伴に、前稿のジョルナータやシノピアもフレスコの中心的技法であるが、あと二つ、ストラッポとアンコスティーク、これらを全部究めたら一応フレスコの全容を知ったと言える。
ストラッポとは英語のストリップ(剥がす)、文字通りスタッコから描画層だけを剥がすという大胆な技法である。これは、フレスコではずっと後代採用された技法であろう。元々は修復のためだったようだが、壁画として固定され、故にあまりに重量ある描画面を、もっと軽いパネル状のものにそっくり転写し、タブローとして移動可能なものにできるという利便から生まれた。描画層をそっくり剥がすのでフレスコのマティエールは生かされる。
ところで、本邦で発刊された「アンコ―スティーク」(エンカウスト)に係る技法書を二冊目を通したが、その二冊とも、ポンペイ壁画の中心的技法はそのアンコ―スティークであると記載されていた。この説には筆者もひっかるところあったが、別の説もあるので仔細は別稿に譲るとし、一応ここでは、前記二技法書にも書かれていることでもあり、そういうものとして話を進める。
この下地は通常のフレスコのそれとは全く異なる。前者がざらざらとした、いかにも壁画として古代風味の持ち味が有るのに対して、これは表面はテラテラ、ツルツル、タイル画のような光沢を帯び、壁画の一種には変わりないが、大理石(実際この砕粉も使う)か御影石で出来た高級ホテルのロビー壁画のような趣あるものとなる。ところがこちらの方がルネッサンスより1500余年古いということに改めて驚く。
これは、通常のフレスコと同じ原理であるが、上塗りスタッコに大理石の砕粉等、非常に細かな粒を使う。そしてできるだけ平滑にし適宜磨き、しかしそれが乾ききらないうちに描画する。当然描画範囲は限られるが、スタッコそのものに顔料を混ぜ、その部分を残したりする。
それだけではない。乾燥後蜜蝋がけをする。溶いた蜜蝋にテレピンや亜麻仁油を混ぜ、それを塗り、一定の硬化後、トーチで焼いて蝋を流し落とす。さらに硬化を待って徹底的に磨くのである。
(つづく)