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Ψ ポンペイ壁画(第2期)静物画 フレスコ
 上掲作品は偶然ネットで発見した。自ら実作し美術史も知る人ならこの作品がタダモノでない、驚きに値するものと感じるだろう。
 筆者もこれはここで是非取り上げ、今後周辺を研究したくなる様な価値有るものとして捉えた。その事由を以下述べる。
 その前に、造形世界の修行体系の上で「造形アカデミズム」とはリアリズム追究のための必須の技術体系である。それは構成、フォルム、トーン、ヴァルール、質感、量感、立体感等の各造形要素の適正な把握を目指す。今日美大入試などで採用される石膏デッサンはその基礎である。これら要素がタブローの世界で本格的に扱われたのはルネッサンス以後と言ってよい。それはトーンがつけられる油彩という新しい素材の登場、画家達の造形思想、時代の要請が相俟った時代の必然であった。
 油彩は乾きが遅い、だから微妙なトーンがつけられる、微妙なトーンの繋がりは立体感や量感等リアリズム追究を可能にするものとなる。それ以前は乾きの早い素材なので画家達はリアリズム表現に苦労していた。ハッチングやテンペラの分離画法などはその工夫の所産である。さらにルネッサンスのリアリズム志向は遠近法や線的透視図法など空間処理のリアリティも研究された。因みにこれは今日の建築や不動産の製図法たる「パース」のような画一的、無機的なものではなく、時に複合させたり、あえて歪めたりする、あくまでも造形効果を狙ってのものである。
 それを踏まえて上掲の作品を観てみるとその驚嘆の意味がわかる。ルネッサンスとは14~16世紀にかけての、以前は、ギリシア・ローマの昔に帰ろうという意味で「文芸復興」と訳されていた、一時期の芸術運動である。件の静物画は実にそれより千数百年前の、紀元前一世紀、ポンペイ壁画の区分たる第二期に属するものである。つまり、本格的静物画が描かれる千数百年前、静物画の極致を究めたとされる画家シャルダンからはさらに約千八百年前のものである。
 前述したように油彩以前の素材はトーン付けには苦労した。当該作品はフレスコである。当然トーン付けは難しい。勿論その意味では満足なものではないが、以下の意義は読み取れるだろう。先ず三種の器の質感が全部違う。ガラス、金属、陶器と解釈されるものには、それぞれの立体感が的確に捉えられている。果実や葡萄はそれぞれトーンが付けられている。特に葡萄は最も明るいものから最も暗いものまで一粒ごとにグラデーションが付けられている。台座には遠近法の一種である「平行投影法」が採用されている。これらのリアリズムは「トロンプルイユ」という技法と関連付けられる。トロンプルイユとは「だまし絵」と解釈される。例えば丸い柱を中心に右手の静物を大きく、左手の静物を小さく描けば、柱を中心に、実際は同一平面でありながら左右二部屋あるような錯覚を与える。これが当時流行っていた、シビアなものというより「遊び心」と解釈すべき技法である。これらの要件は、柱も左右の静物も極めてリアルに描く必要がある。そうしなければ「空間感」はでない。これはそれを意図したものではなかろうかという解釈である。
 いずれにしろこれらの技法は1600余年後のルネッサンスの技法なのである。
 こうした造形アカデミズムや透視図法が紀元前に存在していたということ、顔料の吸収の早いフレスコという素材でそれを試み、一定の成功を収めていたこと、これらが前述の「文芸復興」の意味とも関係して誠に驚かされるのである。自ら描き、素材を知る人ならこの辺は理解されることと思う。