
顔料や筆による絵画たる二次元平面芸術がそれとして本格的に捉えられるのは早めに見ても六世紀ビザンチンの初期イコンぐらいからと言える。画家の個人名を伴う絵画としての意義はさらに五百余年後のジョット辺りの登場を待つ。ところが実はそれ以前にもあった。紀元79年8月24日ベスビオス火山が大噴火し麓の都市ポンペイが埋没する。そのポンペイでは紀元前3世紀年頃から壁画の制作が盛んであった。18世紀、このポンペイ壁画が気の遠くなるような長い眠りから覚め、その壁画が最古の平面芸術として美術史を書き換えることになる。因みにラスコー、アルタミラまで遡ればさらに数万年となるが、これは諸要件から一応別物と捉えるべきだろう。
このポンペイ壁画は四期に分けられ、AD79年まで数百年、ポンペイ文化全体としては1000年続いたと言われる。ポンペイ壁画の基本はフレスコである。ベスビオスの大噴火で土中に埋もれたとは言え、おそらく熱を持っていたであろう火山灰や火山性ガス、水蒸気等に耐えたフレスコの素材としての強靭さを思う。テーマはキリスト教以前のギリシアやローマの神話などのイマジネーションのみならず、生活、風景、静物、人物等、今日常識的に絵画のモティ―フたるもの総てが含まれる。その素材がキリスト教世界をテーマとするものを中心にルネッサンス前に復活する。この素材史の経緯、意義を知らずして美術史は語れるものではない。
上掲拙作はそのポンペイ壁画をイメージした試作。画題のアモリーノとは神話のクピド、キューピットのこと、キリスト教の「エンジェル(天使)」とは違う。
それにしても最近「天使」ばかりを描いている。昨今人や世の軽佻浮薄、ウソ・ハッタリ、御都合主義ばかりに飽食気味。総てヴァーチャルだ。その中で見え隠れ、浮沈する本質、普遍、真実、無為、永遠のようなもの、追いかけたら古典の中にしかないような気がする。