「ジョルナータ」というのは「一日分の仕事」という意味である。湿式フレスコ(アフレスコ)はそのジョルナータ毎に大画面を分割し、その日分の描画以外の削った凹部に湿ったモルタルを塗り、さらに「一日分」を完成させるという、この繰り返しを行う。これは通常のタブローの、先ず全体の構成、構図、色調、ヴァルール等全画面のバランスを考慮しつつ徐々に細部を攻めていくという画法とは全く異なるものである。しかし全画面のバランス把握はこの画法でも重要なものであることに変わりはない。これを配慮しなければ特定細部だけに偏執した繋がりのないチグハグな画面となる。そこでアフレスコでは「カルトン」(下絵)または「シノビア」という赤い顔料での下層デッサンをするという二通り方法がある。ただシノビアは最初のジョルナータ以外の部分は上塗りのスタッコで消えてしまうので、全体の把握という当初の意義は満たすが、あとは記憶に頼らなければならない。実際仕上がりとシノビアが大きく違う中世のフレスコ作品は多い。
多くはカルトンの転写である。カルトンは最近流行っているカラー写真を貼り付けたような「ハイパーリアリズム」の手練手管があるが、原理はこれと同じである。フレスコの場合は下絵に薄紙(今日のトレーシングパーパー)か下絵そのものに穴をあけ、その穴にカーボンの粉などを仕込む。その点を尖った針でなぞり繋いでいくというものだが、当然画面の傷がつく。この傷跡はテンペラを含む古典絵画には多く見られる。
そうしないで、下絵を見ながら描くという「単純転写」は相当な経験と造形感覚が求められるが、小品ならばなんとかなるだろう。上掲作は取り敢えずそれで描いた。この画面では描画画面、ジョルナータ、シノビアが総て現れているが、敢えてこれ以上は進めないことにした。