件の「落合文書」において、その主張のもっとも根幹と思われる部分は以下であろう。
≪… もし1920年代後半の時代的特徴たる3種主成分混合に加え、鉛白を使っていないという特徴まで重なれば、佐伯が没する1928年当時の白絵具である証拠となります。
つまり、「冬景色」の白絵具試料片(A)(B)が、ともにチタン白(ルチル型)・硫酸バリウム・炭酸カルシウムの3種の主成分だけを検出した事実は、純粋アナターゼ型が登場するまでの限られた期間の時代的特徴をまさに表わしており、この白絵具こそ佐伯がパリで見つけて購入したブラン・ド・チタンであることを、限りなく高い蓋然性を以て語っています。≫
つまり、「冬景色」の白絵具試料片(A)(B)が、ともにチタン白(ルチル型)・硫酸バリウム・炭酸カルシウムの3種の主成分だけを検出した事実は、純粋アナターゼ型が登場するまでの限られた期間の時代的特徴をまさに表わしており、この白絵具こそ佐伯がパリで見つけて購入したブラン・ド・チタンであることを、限りなく高い蓋然性を以て語っています。≫
つまりここでは三種成分の混合たるルチル型チタン白と鉛白の不検出をその時代の特徴であるとし、それが佐伯のルチル型チタン白使用の蓋然性に繋がるという主張である。
結論から言えばこれは原告にとって藪蛇にしかならない。先ず、1920年~1928年は佐伯の画業の総てがあった時代だが、佐伯はその間鉛白を使用していた!これは先に述べた「修復研究所」 の真正佐伯作品の分析により明らかである。これは佐伯独自の手製キャンバスの下地材として使われている(多くは白亜地だが)のもあるし、絵具層からも描画材としても鉛白は検出された。
そもそも鉛白に関わらず、カドミューム、クローム、鉛といった鉱物性顔料の多くは「有害」なのである。しかしそれを恐れるなら絵など止めてしまえ!と言いたい。例えば鉛白は粉末の顔料を吸い込むということになれば問題である。したがって、テンペラなどの下地に使用する人は今でもマスクを着用する。しかし佐伯はその鉛白の粉末で下地を作った。適切に扱うならば問題はない。まして媒材で練られた顔料ならほとんど実害はない、絵具中毒で死んだなどという話があれば教えてほしい。私的画材史に是非加えたいものである。かの文で法的禁止措置にすら触れているが、鉛白の注意点は他色との混合等の方にあり、その毒性に関わらず現在ただいま世界中で鉛白たる「シルバ―ホワイト」は販売、使用され続けているのである。
さてもう一つ、三種成分の混合について述べる。例えばセメントが建材や諸事業に使われる場合単独ではなく砂や砂利と混合される。その方が費用も安上がりだが、何よりコンクリートの強度、諸種安定性に寄与するからである。この砂や砂利を「混和剤」とした場合、似た性格のものは絵具にも存在する。
「染料」というのは「顔料」より粒子が細かく、それ自体水に溶ける。顔料も水に溶けるようだが水簸した場合やがて下に沈殿し上層には透明な水が残り溶解していないのがわかる。染料は染物にはそのままでよいが、絵具としては脆弱である。そこで無色の顔料をその染料で染め付けたらヴォリュームのあるその色の顔料となる。こうした絵具はクリムソンレーキなどのようなレーキ類絵具と呼ばれる。この当初の無色(実際は白色)の顔料は、染料に限らず他の色彩顔料にいっそうの量感や「ボディー」を与えることにより「体質顔料」と呼ばれる。この体質顔料も先の混和剤の一種といえる。
(つづく)