真実を知る者にとって、虚偽が実しやかな顔をしてまかり通ることはどんな世界でも受け入れがたいものである。以下は芸術を愛し、佐伯祐三を敬愛する当該者が、そうした思いにより、然るべき処置を一方の関係者に求めた真摯な内容証明付き文書である。趣旨は文面に明らかであるが、真実をこのような明確な形で世に記しておくことは必要であり、併せて今日に至るまで回答をしない当該通信社の社会的責任を問い、更なるけじめのため今般公表に至ったものである。
イメージ 1
              要望書
 突然の御連絡で失礼いたします。私は白矢勝一と申します。現在医療法人社団白萌会理事長、医療関係者の文化・芸術に係る全国組織である医家芸術クラブ美術部部長などの立場にありますが、今般「佐伯祐三・哀愁の巴里」(早稲田出版)という本を上梓いたしました。これは、私個人の佐伯に対する芸術的評価はもとより、その短い生涯を、純粋に創造に燃焼させた、芸術家として、人間としての生き方に感銘を受けたことを動機とするものであります。そのため私は本邦で出版された佐伯祐三関係の本をほとんど読破、また何度も渡仏し、佐伯の足跡を追い、フランス側の当時の関連資料を集め、結果それは、佐伯の軌跡、病気、晩年、芸術、そして共筆者担当の佐伯の周辺、造形性、その他今日に繋がりあるエピソード等、従来の一面的評伝にない、佐伯の全側面を網羅する総合本となったと自負するものでありますが、その過程で出遭ったのが件の「佐伯祐三贋作事件」でありました。本邦美術界を揺るがした当該事件については既に御承知かと思い経緯は割愛いたしますが、行きがかり上、関係した公的文書、裁判記録、関係資料も多く取り寄せこれを詳細に分析いたしました。その結果、内容の一部は本の中でも述べておりますが、当該事件に関し、作品は贋作、関係資料は全くの不実・虚偽であるとの結論に達しました。
さて本旨ですが、その「贋作事件」の一方の当事者は「吉薗明子」という人でありますが、その代理人を自他ともに認めているのが落合莞爾氏です。既にお気付きのことと思いますが、同氏は1997年初版の《天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実》という本を貴社を版元として出版しております。既にこの事件に関しては関係する裁判においても、修復機関等専門家の評価においても当該作品は贋作、資料は信頼に値せず旨の結論を得ております。また例えば、評論家故河北倫明氏は、美術館など公的機関にも関係し、多くの美術書の執筆、監修を手掛け、登竜門的美術展の審査委員長格の経験もあるなど、本邦美術界の評論畑では極めて影響力の強い存在でありましたが、同氏は当初吉薗・落合の「真作派」の立場をとりました。このような、真作派の立場に立った人は他にもおり、その責任は曖昧にされたままであります。しかしその立場をそのまま放置し、時間の経過のうちになし崩し的に事が闇に葬られてしまうことは。芸術の価値観、信頼感はもとより、河北氏らの実績の為にもならないはずであります。
かくほど左様にこの事件は、本邦の、自治体と美術館、学研、評論、修復機関、市場、マスコミ等を巻き込む、裁判絡みの大騒動になってしまい、関連本やサイトは今もなお出回わり、ネット社会でもその賛否の噂の元となっております。また落合莞爾氏は件の著作物をベースとした《佐伯祐三の二元性とその解決――続『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』―》という著作を平成23年秋現在の時点で公にしており、今日なおその立場を主張をし続けております。即ち事件は過去のものではないのです。件の吉薗明子氏は別途詐欺事件にも関係していました。その吉薗氏関係著作物の版元である貴社は、真実の報道と社会的信頼という公器としての責任・使命に鑑み、贋作の横行等違法、不法はもとより、公序良俗に反するものがあるとすれば、これに加担することは許されないと思います。落合氏の件の著作には以下のようなことが書かれてありますが、これはいかなる動機によるものか理解し難いものでありますが、いくつか列挙します。 即ち、佐伯作品は妻米子が加筆した、佐伯は草(スパイ)、佐伯はスパイ容疑で仲間からリンチを受けた。佐伯と彌智子の死には妻米子が関係している、米子は祐三の兄祐正の愛人であり娘彌智子は祐正の子である等々は、佐伯本人の人格はもとより、その生涯を賭けた作品、佐伯の親族等の名誉、尊厳を傷つけるものであります。勿論、言論、表現、出版等の自由は保証さるべきでありますが、これらは明らかにその次元では語れないものであり、それを放置すれば、その罪は将来に向かってなお生きることになります。
その破綻について、一例を挙げます。落合氏はネット上で「天才画家佐伯祐三の真相」というかなりの量の文章を公開していますが、その米子の加筆の根拠を佐伯のメニエール病においています。そこでは、佐伯の視覚はメニエール病により、「ハエの目、馬の目」然としており、その視覚異常を米子が自らの加筆により補ったというのです。しかしこれは全くの虚偽です。メニエール病は激しいめまい、耳鳴りを伴うものですが、悪化しても視覚異常に至りません。何故ならそれは内耳の病気だからです。悪化したら難聴になります。ひとたび発症すればハエの目だろうが馬の目だろうが、絵どころではない。立ってすらいられません。これは医学的事実であります。
この種のレトリックにより落合氏は、史実や実在した人物を巧妙に絡ませながら、いかにも最もらしく、証拠を伴わない持論を展開させているのですが、これらの多くは、贋作事件の一方の当事者である武生市が委嘱した特別学芸員小林頼子現目白大学教授によりことごとく否定されております。繰り返しますが、当該著作物は小説ではなく「真贋事件の真実」と銘打った「ドキュメンタリー」に類するものであり、著者はその出版にあたり、貴社の前解説委員長と当時の出版局長の「ご厚意」に感謝の言葉を述べております。
貴社は長い伝統と実績ある、信頼性と真実の報道という使命を帯びた社会的存在であると思います。私は一市井の徒でありますが、そういう所から諸々文化芸術の情報を受け、相応の価値観や言動が形成される立場であり、ましてや今回自著出版にも関係しその意味では「訴えの利益」ある当事者と認識しております。因みに、佐伯作品の真作四十数点が今「大阪市立近代美術館設立準備室」に寄贈されておりますが、事件との関連は確認できませんが、同準備室は三〇余年もの間「準備室」のままであります。このような文化芸術的土壌ある中、今般佐伯の人格と芸術を貶めるような虚偽が蔓延るのは芸術文化総体のためにも看過できることではなく、何某かのけじめをつけるべきと思いやむなく当文に至った次第です。そこで以下の諸点につき貴社の適切なる御処置をお願いするものであります。一、当該落合著作物に係る版元としての公の場での見解表明二、同責任実行としての発刊の取り消し、当該出版物の回収等適切な是正措置。以上。なお当方の爾後の措置は御回答の如何によることを最後に申し添えます。