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Ψ筆者作「ロゼビアン」(前出)

 ここ数日来の強い雨で折角咲いたバラが変色したり茎が折れたりしていた。自然とはかくも美しくかつシビアなものか。おかげで折れたバラを切り取る関係で室内に活けるバラの数が増えた。
 バラの香りと猫のトイレの「香り」で分けわかんない香りが漂っている。
 「花に嵐の…」の詩を思い出した。

 既出の記事を再び引用する。


「勧酒 」干武陵   井伏鱒二訳

勧君金屈扈        この杯を受けてくれ
満酌不須辞        どうぞなみなみつがせておくれ
花発多風雨        花に嵐のたとえもあるぞ
人生足別離        さよならだけが人生だ

 上記は私の座右の銘とも言える詩である。≪「さよならだけが人生だ」とはなんとも寂しい後ろ向きな人生であること!≫という人がいるが、これは分かってない!これは井伏の「厄除け詩集」と言うものに収められた名訳である。
 そう認識することで一度しかない人生を悔いないよう、前向きに捉えられるのである。人や事象との出会いや別離を、その意味を考えながら向き合える。死んでしまえば金やものや地位や名声なんて関係ない。自分自身がどう充実して生きたか、何を残したかそれが問題だ。花に嵐とはそういうことだ。
 これほど「厄除け」になる言葉はない!

 井伏鱒二に絡むエピソード(「どうしたら…」から転記)
(以下昔読んだ本なので仔細は違っているかもしれませんが)
 
 その太宰が滞在していた旅館の払いを滞っていた。困った旅館がその催促を檀一雄にした。檀は旅館に出向き、井伏に借りてくるという太宰の代わりに人質として旅館に残った。
 待てど暮らせど太宰は戻ってこない。檀は仕方なく付け馬とともに井伏の家に出向く。なんと太宰は井伏と将棋をさしていた。
 烈火のごとく檀は怒って「今まで俺を待たせて、なんだ!このざまは!」
 太宰曰く「待たされた君も辛かっただろうが、待たせてる俺はもっと辛かった!」
 このエピソードが「走れメロス」を生んだとか。≫