グラシ、グレーズ、透層とか呼ばれるものは油彩ではよく使われる技法である。「おつゆ描き」もこの範疇といってよい。絵の具をゆるゆるに溶いて薄くぬる。下地が透けて見える。画面にコクや深みを与える。私もこれを必要に応じ行うことがある。壁や水の表現などに使う。
 部分グラシと全面グラシがある。テンペラとの混合技法などの「透層」は、テンペラ白ハッチングなどで形をおこして、油絵の具で透層着色するということを繰り返す。これは使う溶き油も違うし厄介なので割愛。

 絵の具の濃淡で当然出方が違ってくる。またグラシしたままにしておくのと、布で払拭するのとがある。幅広の筆に絵の具をタップリつけて乾かし、その上を濃い目の色でグラシし布で拭く。そうすると筆跡の凹部に絵の具が侵入してクッキリ筆跡を浮き上がらせる。スピード感のあったタッチがそのまま凍結されたかのようになる。実はこの技法かつてどこでも見られて一世を風靡した。
 逆に言えば深みや透明感だけ出したい水などの表現に使う場合、下地の絵の具層を均一にするか流れを感じさせるものにしないと、マティエール(画肌)も凸凹が目立ってしまいかえって不自然になる。

 全面グラシを施すとその画面はその色調のフィルターをかけたようになる。その支配色による雰囲気を醸し出す効果はあるが、普通そのままでは絵にならない。モヤーッとした感じが残るだけである。マティエールも鬱陶しくなる。そこから描き進める。明るい色などをのせるとその対比でクッキリした画面ができる。

 絵画はバランスの芸術だから、ハッチングもそうだがこれも画面全体の造形性の枠内でその秩序を壊さないようにする必要がある。必要最小限に留めるか、全画面に施すか徹した方がよい。半端だとその部分がなんとも不自然で収まりが悪い。何事もやれば良いというものではないのである。