美術史上も最も多く描かかれた女性とはやはり「聖母マリア」だろう。一絵描きとして、一美術史学徒としてこの女性に関して一通りの認識をまとめておく必要を感じる。

 先ず福音書書記官の一人聖ルカが聖母マリアの肖像を描いたという話がある。このオリジナルが現存しているとしたら超一級の世界遺産というとこだろうが、定かな消息は不明。
 ただ、そのことにより聖ルカは「画家の守護聖人」となり中世の画家組合は「聖ルカ組合」と名乗った。(画家と言う職業はかくも由緒正しきものなのである!^^)
 因みに聖ルカは「医者」の守護聖人でもある。東京築地の「聖路加病院」にその名が残る。

 元々聖母マリアは聖書そのものにはほとんど現れず、その「外典」において神の一人子(ひとりご)たるキリストの母として語られ、その後の崇敬も聖書の「三位一体」など純粋な宗教的意義とは別の、様々なエピソードに彩られた「民間信仰」のような形で、とりわけ中世以降の美術世界のなかで美的憧憬と重なり膨れ上がったと見るべきだろう。
 例えばMadonna(マドンナ)とかNotreDame(ノートルダム)というのは「私の、我々の最高の女性、貴婦人」とか言う意味であり、画題にあらわれる「mother and child」、「virgin and child」のmother, virgin など含め総て聖母マリアのことである。
 そもそも名前のMaria、ヘブライ語の,Marjaは海のこと、そう言えば「マリン」と関係ありそうだが、聖母マリアを特定するマントなどに描かれた星は海の滴の象徴と解釈され、その滴は愛の源、「母なる海」の象徴であり、ギリシア神話の「アフロディテ(ヴィーナス)」と因縁を同じくする。

 さて、そのマリアの生涯の具体的エピソードや作品の意味、アトリビュートの図像学的分析等はとてもここでは書ききれるものではないので割愛するが、簡単に述べるとマリアは美術史上では以下の場面に多く現れる。
  〇受胎告知
  〇東方三博士の礼拝
  〇聖家族
  〇聖母子像
  〇無原罪の御宿り
  〇被昇天  
 このうち最後の二つは「マリア信仰」の中における特殊性が造形的意義と絡んで多くの名作を生んだ。
「無原罪の御宿り」とは「聖母マリアはその母の胎内に宿った瞬間から人が等しく有する≪原罪≫をあらかじめ免ぜられている」ということ、処女受胎や被昇天もこれに因む。ムリリョはこのテーマに憑かれ何点も残している。この場面ではいつもの赤と青の服ではなく白い服となる。
 「被昇天」とはキリスト磔刑後20余年たってのマリアの昇天の事で、天使の導きによりその肉体ごと天に上げられたというもである。これも多くの画家が描いた。

 ところで面白いのはこの「無原罪の御宿り」と「被昇天」と言う二つの教義宣言が為されたのはつい最近のこと。前者は1854年、後者は実に1950年のことである。テーマ自体はそれよりはるか昔に作品として描かれていたわけなので、絵画芸術がキリスト教教義を誘導した稀有の例とすら言えそうである。
 この途中の1858年、有名な「ルルドの奇跡」が起こる。この時現れた聖母マリアは「私は無原罪の宿り」と言ったという。タイミングといいテーマといい、「聖母信仰」の為せる奇跡か?
 なおマリアと出会ったことによりその後列聖され聖ベルナデッタとなる女性の遺体は今も腐乱せず残っているということ、ルルドの聖水で難病が治癒したなど今も話題が絶えない。

 因みに教義等キリスト教の重要な決定は「公会議」など然るべき機関や手続きを経て行われるようだ。偶像破壊(イコノクラスム)の是非なども議論された。最近興味深いのは「ビッグバン宇宙」や「進化論」の是認。ガリレオ(地動説)の名誉回復などであろう。