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Ψ筆者作「生神女福音」卵黄テンペラ、金箔、銀箔・不定形パネル 

 テンペラの技法は様々ある。語源ももっと広い意味があるが。今日ではテンペラというと「卵テンペラ」をさすのが一般的である。以下は私が一部採用している一応の技法である。

 先ず、ベース(支持体)となるものは、密度が高く、適度の硬さを有する菩提樹、松、ポプラなどの一枚板である。ただこれはどうしても反る。オリジナルにこだわらなければ市販のパネルの方が良いかも。 これにメッシュの細かい麻などの布を貼る。次に膠で溶いた石膏を塗る。この石膏とは、水で練れば自然に固まるあの石膏ではない。固まる成分を殺した特殊なものである。ソチーレ、ボローニャ石膏などと言う名称で各種があるが安価な「硫酸カルシウム」で十分。

 金箔を貼る部分には非常に微粒の砥粉を塗る。箔下砥粉という。この砥粉の色は概ね朱である。この金箔を貼るという技法は「黄金背景テンペラ」として西方でも行われた。シモーネ・マルティーニの「受胎告知」(上記「生神女福音」は「受胎告知」のこと)は背景全面が金箔である。この金箔は光の当り具合でどのようにも変化し、非物質的雰囲気を醸し出す。それが「天国」のイメージを現すということになる。仔細は省くがこれには非常に厄介な下地作りをしなければならない。「メノウ棒」による「箔研き」もその一つ。うまくいけば鏡のように輝り返す。

 そしてメインの描画には顔料と、メディウムとして鶏卵を使う。この鶏卵だが、黄身のみを使う「卵黄テンペラ」と、テレピン油や樹脂と白身も混ぜて使う「全卵テンペラ」がある。主としてイコンは前者、後者は西方で用いられた。因みにこの全卵テンペラは、大量の油成分を含みながら、希釈は水でするという「水と油」の常識に違背するものであるが、これを可能にしているのが言うまでも無く鶏卵である。因みにこのメディウムはマヨネーズそっくりである。「水と油」を繋げる鶏は偉大だ!

 以上の様に、木、布、石膏、砥粉、金箔、テンペラ絵の具の各層、と何層にも分かれているのがイコンなのであるが、これにニスと蝋燭の煤が加わる。そして各層それぞれが物理的弱点を持つ。木の反り、亀裂、落剥、黴、虫食い、・・・・・。修復は不可能と言っていい。しかしながら、こうした素材の性質が件のイコンの美の秘密となっていると私は思うのである。
 しかし、イコンといえども最初から将来の、上記の様なことを計算して作ったわけではない。作った当初は、輝くばかりのテンペラ画面であり、施された金箔は、天界からの光を想起させるほどのものであっただろう。それが時間の経過と供にその物質的価値を失ってくる反面、別の造形的価値を帯びる様になる、ここにイコンの面白さがある。
 冒頭述べた様に、イコンは一定の図像体系と技法により、同じテーマが繰り返し描かれる。従って、ロシアのアンドレイ・ルブリョフの様な一部著名イコン作家を除き概ねそれは、件の非オリジナル性とともに無名性に支配されている。この拘りの無さも縷々述べたイコンの特殊性の一つである。

 ところでイコンを作る場合、こうした技術的な問題もあるが、最大の壁はキリスト教そのものである。キリスト教を知らずしてイコンは作れない。いや、知るだけではだめだ。信仰しなければならない。しかしそれは、「人へ愛、自己へ悔い改め」を説く。自慢じゃないが、私はその両方ともダメな人間だ。
だからと言ってイコンというものの限りない造形的可能性とその美を前にしてミスミス撤退する方はない。「イコン風」絵画はその解決法!「絵画芸術の為」、武士の情け、ご容赦!

 話は変わるが、鶏というものは実に素晴らしい生き物だ。肉や卵は言うに及ばず、内臓も骨も羽毛も総て人間社会に貢献している。首や足は何の役にも立たないだろうと思っていたら大間違い。友人の屋台ラーメン屋の鍋のなかにそれらはちゃんと納まっていた。前述の膠も牛、羊、鹿、兎などから採れる。それに引き換え人間は死んだらなにも残さない。物理的には死んだらゴミだ。頭のてっぺんから足の先まで人間に貢献し、のみならず、油彩以前の西洋美術を支えていた鶏は偉大だ!

Ψ超簡単テンペラ画講座
 ※用意するもの
 〇 顔料(画材屋にある)
 〇水彩筆(同上)
 〇パネル(同上)
 〇ジェッソ(同上)
 〇玉子、水、酢
 〇マクドナルドなどでコーヒーをかき混ぜる時に使う小さな匙、紙やすり

1.パネルにジェッソを塗り、紙やすりで刷毛目をとる。画用紙を水張りしてもよいが、スケッチブックはくっつくのでダメ。
2.水を入れたコップのなかに玉子を落とす。
3.水と一緒に白身を捨てる。
4.手のひらに黄身をのせ、表面の水気をティッシュでとる。
5.下に皿をおき、黄身の薄皮をつまみあげ、爪楊枝で薄皮を破り、その上に薄皮を除いた黄身だけを落とす。防腐剤として酢を1,2滴落としかき混ぜる。これでメディウムのできあがり。
6.あらかじめ水練りしていた顔料をメディウムで溶いていざ描画。
※ポイント
〇色は薄く塗り重ねる。厚くぬるとムラができたり、落剥する場合もある。
〇顔料は色味が強過ぎるので微量の白を混ぜながら描く。
〇濃淡やトーンはつけにくい。あらかじめグラデーションを空きびんに作っておくと良い。ハッチングという技法もあるが、初 心者には難しい。