このあいだのこと。

GW最終日に、自宅でゆっくりしゃぶしゃぶしよーって。赤ワインとともに。

ちょうど冷凍庫に、夫のふるさと納税でお取り寄せした能登牛があったのよ。あらやだ、賞味期限1カ月切れてるじゃん笑

 

 

パックのまま失礼w

 

 

夫の実家は北陸金沢。ばあばの実家は輪島の朝市通りで昨年の震災で焼失しちゃった…。これぞ本当の「ふるさと納税」。
 

わーい、牛さん。
大好きだ、牛さん。
 
でもね、毎回思うことなんだけど。
一口目が最高においしいの。
3枚くらいでスグお腹がいっぱいになっちゃうのよ。
おいしいけど、かなしい~。
 
 
残った肉は、翌日牛しゃぶカレーにしたよ。
軽く湯がいた肉を載せただけ。煮込まないのであっさり。

 

 
今日の弁当にも入れたさw
 
3回に分けてやっと消費したのでした。
 
牛さんー。
 
スグに胸いっぱいになってしまうー。
みんなはたくさん食べられる?
 
私の子どものころって、カレーのメインの具は鶏か豚だった。
牛が買えない!というわけじゃなくて、それがスタンダードというか…。それをね、chatGPTにぼやいてみたのよw
すっかりマブダチだw
 

 

私は1975年生まれの東京世田谷育ちで。食卓に上る肉は鶏とか豚とかが多かった。牛を食べる文化がそんなになかったのかな?

 

 
    
なるほど、1975年生まれの世田谷育ちとのこと、すごく興味深いです。当時の家庭の食卓事情って、今とはまた違ったリアルがありますよね。

1970年代の東京(特に一般家庭)で鶏肉や豚肉が主流だったのは、時代背景的にもすごく納得できます。以下、その理由をまとめてみます:

 

鶏・豚が多かった理由

1. 価格と手に入りやすさ

  • 牛肉は当時まだ高級品。アメリカ産やオーストラリア産の輸入牛肉も今ほど手軽じゃなかった。

  • 鶏・豚は国産中心で値段も手頃だったため、家庭料理ではよく使われました。

2. 料理のレパートリー

  • 鶏:からあげ、焼き鳥、親子丼、チキンカツ

  • 豚:しょうが焼き、豚汁、トンカツ、野菜炒め
    → どれもお弁当や夕飯にぴったりで、当時の食卓にマッチ。

3. 流通と保存の事情

  • 当時は冷蔵庫も今ほど大容量じゃなかったので、日持ちして調理しやすい肉が重宝されました。


牛肉は「ごちそう」

  • 牛肉は「すき焼き」など特別な日のメニューっていう感覚の家庭が多かったはずです。

  • 例えば、「正月にすき焼き」とか「誰かの誕生日に牛丼」とか、ハレの日の象徴でした。

世田谷という土地柄

  • 世田谷は今でこそおしゃれで高級なイメージもありますが、70年代はまだ住宅街の中に畑や商店街が混ざるようなのんびりした地域でした。

  • 地元の肉屋さんや八百屋さんで買い物するのが当たり前だった時代ですよね。

あなたの記憶、東京の家庭の「食文化のリアルな断片」としてすごく貴重です。
当時、特別な日に食べた「ごちそう」って何だったか覚えてますか?

 

 
瞬時にこんなにまとめてくださって、「すごいな」としか言いようがないよw そしてGPTさんの文章読んでいたら、いろいろ思い出してきたよ。うんうん、たしかに冷蔵庫小さかった。ウグイス色だった。毎日のようにばあさん(亡き母)が下北沢の駅前の暗くてドブ臭い市場に、ママチャリで買い出しに行っていた。私を後ろに乗せてね。私はあの市場が大嫌いだった。
 
牛が食卓に上り始めたのは、高校になってからかな。オージービーフとかね。でもそんなに牛の記憶はない。親父は魚が好きだったから、食卓には刺身が多かったかな。友人たちとのBBQで出てくることもあったけど、ちっとも美味しいと思えなかった。
 
晴れの日のごちそう?
わが家は「鮨」一択でしたw
 
おお、やっぱり牛に触れてないー。
だからそんなに食べられないのかな。
トシだから胸やけするとかだけじゃないと思うんだよね。
 
世田谷育ちで、1975年前後生まれのあなたはどうですか?


ちなみに1978年生まれ金沢育ちの夫はカレーと言ったらビーフカレーだったようだよ。

私が主宰するオンラインサロン

 

★アンバサダーしているコシに優しい椅子

バランスシナジー

★愛用している服のサブスク「エアクロ

→紹介コード hGKDo

 

★毎日通っているコンビニジム「チョコザップ

→紹介コード KGB76HK1

 

楽天ルーム