愛しい3の日を君に贈る -25ページ目

愛しい3の日を君に贈る

この人生を命ある限り届けたい。

小学4年の嫌われもの…いや、担任の先生は

子供と同じ目線でよく遊んでくれていた


『お母さん…

この子、寂しいんじゃないですか?』


苦しくも…


早期にそう母親に話したのもこの先生が最初で最後だ。


私は、よくこの先生の膝の上に座りにいっていたらしい。


『そうですか?』

(そんな訳無いやん。私がどれだけこの子に愛情を注いできたのか、分かってない。)

…と母親は聞き流した。


自分が知らない自分の心

本当の私の心のサインはここから既に始まっていたのかもしれない。

その理由が明確になるのは、随分後。

私が社会に出てからの話だ。


風邪をひくと…学校を休めるのが極楽に感じる


『今日は、お休みね。』

いそいそと変わらず母親は、仕事に行ってしまう


しょうがない


子供ながら理解していた

だから、寂しくなかった


朝から大好きなおじちゃんと過ごせる

ずっとTVを見ている時間は、一生分の時間が流れているようにだるくて暇で


ごろごろごろ

だらだらだら


TVは大人向けでもっぱら面白くない

食っちゃ寝…だけど極楽


理由が無いまま平凡な学校生活 

『行きたくないな…』 


ただ…

何となく行きたくなった


『皆、心配してるかな…私のこと。』


何となく自分の存在を忘れて欲しくなくて友達を思い、たまにそんなことに思いふけっていた


当時の体温計は水銀計簡単に熱はあがる

思いっきり脇に圧をかけたり

コタツに入って体温計を当てたり


とにかく偽造の発熱はしやすかった

…そんなことを繰り返していた


親が、とても優しかったことがどこまでも嬉しかった


「どうして熱が下がらないのかな…大丈夫なの?今日は、病院へ行こうね。」

行ったのは、母親の勤務近くの大きめの病院

いつものお医者さんと…違う病院。


お医者さんは真剣に私の体をぽんぽんしているが…

私…病気じゃない。


病院の廊下で

心配そうに誰かと話している母親を


あの頃の保育所の卒園式の時のように…

この話は、いつ終わるのだろうといつものように母親を見上げていた


母親の困り顔の像だけを鮮明に覚えている

そして…


『入院…ですね。』


私は『仮病』と言う病名で入院する。

入院と言われさすがに怖くなったが、引き戻せない。


自分は患者だ

…今は。


入院しても

「行って来るね」

「ただいま」

を病棟で迎える親を見る自分は同じだった


今日もお仕事…と。


私のベッドの隣には、小さな赤ちゃんがいて同じベッドにお母さんが横なっている。

夏の暑い時期に…現在のような機能性のあるクーラーが部屋中を涼しくしてくれている環境でもなく

じわっと汗が滲む


私は…元気だから

この赤ちゃんは何が病気なんだろう

なおしてあげたいな


子供心にそんなことを思っていた


パタパタとお母さんが赤ちゃんのためにうちわをあおいで

私も良かれとあおぐ

「ありがとう。いいからね。」


自分中心の良かれという優しさは相手を思っていない

赤ん坊のお母さんに気を使わせてしまった


そっとどこかキュッとつらくなって

また…ベッドで一人沈んだ



病院でも脇に思いっきり体温計を押しつけて

体温をあげ


しかし、自分の偽造技術よりもデジタルは賢かった。


『熱、下がったね。』

『…』


すぐ退院することを病院の先生は見抜いたようにも感じた。


5日ほど入院して…退院する

親を心配させたことに申し訳なく 

後ろめたさもありながらもうしないでおこうと自分の心と約束した。


原因は分からない

自分でもそうした理由は、分からない


久しぶりに学校に行き始めた。


『皆、私のこと心配してくれてるかな。』


気にかけてくれるのがどこか嬉しい期待に変わっていた。

親友は、すっかり誰かとペアになっていて…


私が登校しても知らんぷり


ヒトリになった

(一緒にいたやん。何でなん…。)



悲しくて悲しくて悲しくて…

まるで時代がかわってしまったかのように

孤独だった

ヒトリだけ時代に取り残された感覚だった


『帰る!!!!!』


恥じらいもなく廊下で泣き叫び続け…

寂しかった。


その後、どうだったのかは覚えていない