人間社会は、子供であろうと大人であろうと
人間関係の仕組みは、あまり変わらないものか…
小学校高学年となれば、
すっかり「女子グループ」というピラミッド式の縮図ができている。
また、恋やら何らと心がざわつき始めたり、噂をするのもこのころが現実的
非常に面倒で厄介な仕組みができていた
美人は、上…?
そんな縮図が自分は、とても嫌だった。
心理的な不平等を作る
…それが自分からだということは、ずいぶん後から知るものだ
ピラミッド式の人間関係では
「優しくされたい。」
という些細なやり取りからではないだろうか。
自分の人生のきっかけも
そんな些細なものが始まりだった
自分には、“親友“がいた。
いつも一緒。
それが、いつしか
親友の家来のようになっていた
どんな時も
『良いよ。』
っていうことが優しさなんだと自分は感じていた。
そうやっているから相手も同じように愛してくれると
…勝手に信じていた
その子の家の部屋を掃除したり
ハムスターのカゴを洗ったり
冗談で?胸ぐらを掴まれたり
とにかくライバル視される
詐欺コックリさんシステムを信じるよう強要される
何せ…
訳の分からないことが多かったのに自分の心をみず
“親友“を大切にすることに専念していた
『今日も元気で皆と仲良く』
祖父と約束した魔法の言葉通り…
ある日
親友は、靴紐を結ぼうとして、自分に『荷物を持って』と頼んだ
勿論、私は『良いよ。』という
ここまでは…
当たり前の展開。
役割交換で私も靴紐も結びたくて同じようにお願いした
『荷物持って』
『嫌。』
『…え?』
『いや』
私は、自分の荷物を地べたに置いた
(何でなんだろう…私も同じようにしたのに、何で。)
不平等な心のざわつきと、その疑問が止まらなかった
そうして…ある日
ブランコに乗りながら話をしたのは、
女子のトップだった
私は、ただ単に話を聞いて欲しかったんだけれども“親友“と過ごす時間の違和感が止まらず
疑問になっていた
そうして…
『いじめようよ。』
それがどういう意味かわかっていたから、うんとは即答しなかったが、自然とついていく行動になった。
そう…
安易にあっさりと言われて始まったことだった
私達は、些細な事柄からその親友だった子を
いじめ始める
今まで虐げられた思いを全てぶつけるように
いじめた
『死ね』
そんな行いを何度も繰り返して笑い
皮肉にもいじめる側は楽しい感情に飲まれた
いじめは、人の心を壊せるものだ
『助けて』
そうして…親友は担任に求めて
終わる
どうしたって自分のした行いは一生悪い