愛しい3の日を君に贈る -22ページ目

愛しい3の日を君に贈る

この人生を命ある限り届けたい。

子供の心は、とても柔らかくて広いのは、「我」というものがなく調和できる世界に生きているからなのだろう。

いじめは、いつの時代にだって起こり得る。

人間が人間である限り。


どうしたって原因と結果がある。


この後、“親友“とどうなったかというと元に戻った。

どうしたって許されることでは到底ないのだけれど。

何も無かったかのように戻った。


上下関係さえも。


先生は、自分が親友をどうしていじめたのか理由と原因を理解していた。

「辛かったでしょう…」

言ってくれた相手は、自分にだった。


どこからこの話が流れてきたのか大人になってから聞いた話だ。


親友の父親はお仕置きをする時に叩いたり胸ぐらを掴んでいたらしい。

彼女の心のSOSに気づいてあげれずにいたのは、自分の方だったのかもしれない。

今ならそう感じれる。


「ごめんね。」


お互いに相手を思い合い

嫌なことも

良きことも

真実を言葉にして相手を敬い伝えれば

いじめになんてならなかったのかもしれない。



ただ、親友からの学びは、ここでは終わらない。

その意味を後々の人生で自分がよく知っていくことになってゆく。


そうやって…

神様は、いつだってちゃんと自分に正しい道を教えてくれるんだ