そろばんと同じ頃だっただろうか。
母親が、小学校になれば水泳は必要だからと先々を見通して習わせてくれた
物心ついた時から、私は、水の中にいた
小学校六年に差し掛かった頃には、数えきれないほどトロフィーや賞状をもらっていた
それまでの道のりは、自分の人生に影響するほど簡単でも無かったんだ
カルキがたんまり染み込んだキャップと水着に水泳!と言わんばかりの青いイルカマークがついた鞄に詰め込んで…
絶対的に忘れられない着替えを押し込んで通った水泳のお稽古
時間通り近所の店前までに
カルキが染み付いたスイミングスクールのバスに乗るのだけれども
この何とも言えない鼻をつくカルキの臭いがたまらなく耐え難い
毎週片道約40分ほど揺られる
3歳から小学生6年まで…
自分の鼻はその臭いを許すことは一回も無かったのだけれど
車酔いが激しい私は、何故かバスには酔わなかったのは、ありがたい体質だった
その臭いと戦いながら、バスの運転手さんが流すラジオのコーナーと何の罪もないそのラジオのパーソナリティの声も一緒に嫌になる
未だに何の罪もないそのパーソナリティの声がラジオから流れてくるだけでカルキの臭いが襲ってくる
お爺ちゃんとの幸せな夕方の時間は…
いつの間にか変わっていった
自分にとって水を得た人魚のように生き生きしていた
とにかくスーッと気持ち良いスピードで水の中で溶け込んでいく自分が居心地良かったのを覚えている
たまの土日は、透明ガラスに母親が自分のことを見てくれる姿は、一瞬の息継ぎと一緒に喜びになっていった
いつものコースには憧れのお姉さんがいて、自分の事を妹のように大切にしてくれた。
ここでしか出会えないお姉ちゃん。
名前は「お姉ちゃん」。
いつもニコニコ笑顔でとにかく優しくて大好きだった
ぐんぐん水泳の成績は伸び、いつしか同じコースでお姉ちゃんの後ろを泳ぐほどになっていた。
そんな成長をお姉ちゃんも一緒に喜んでくれていた。
「また、明日ね。」
いつものようにさようならの次の日から
…お姉ちゃんは突然来なくなってしまった。
成長と共に楽しかった水泳がいつしか課題になり、目標となり、
夢になっていく。
『変わりたい』
昔から変われないのが嫌で納得せずやり切るのが自分だった。
小学校では、群を抜いて水泳が上手いのは3歳から始めたのだから当然だった
子供ながら、申し訳ないくらい小学生の課題は課題ではなくて、皆の中で目立ってしまう自分がどういればいいのかも戸惑ったのも事実だ。
親友は、歯痒かったんだろう。
いつでも水泳で注目される自分を常に羨んでいたと言うのも後から知る事実だ。
『 水泳を教えて』と言われ
「手を伸ばして、顔は、浮かないで、顎は引いて…」
30分ほど…それなりに教えてみる
みるみるその同級生が上手くなっていったのが嬉しかった
そりゃ…10年してるから、先生よりも先生だった。
誰かが喜んでくれることはいつだって嬉しいものだ。
逆に…
そうなれば、先生や同級生の目が痛く突き刺さることもあった
…たくさん。
勿論
それが感情をもつ人間の正体だ。
そそうそう忘れもしない。
小学生対抗の水泳大会なんて…最悪。
『一番目立つ』
自分達は小さな小学校だったから、大きな小学校からみればちっぽけで。
自分の名前を呼ばれても声援は全く無く、「シーン」としずまりかえるプールサイドをテクテク黙っていつものようにコースに着く。
誰かしは、自分のことを応援してくれても良いのだが、他校の何とも言えない圧倒感で私のクラスのみんなが下を向いていた。
子供の世界でも注目されたくなければ集団ごと知らぬふりだ。
自分だけを心の味方にして、自分だけ拍手が起こらない状況をしっかりと受け止めていた。
そんな経験を何度も…味わってきた。
だから、分かっていた。
絶対的に自分がどんでもなく心の強い自分だってことを信じていた。
いつものように慣れたピストルの音に合わせて…
水に
飛び込む!!!!!
ゴールと同時にプールからあがり
いつものようにプールに一礼をして帰る。
『手を抜いたな』
すかさず、担任は私に言った。
『…」
私の要らない優しさと突き刺さる視線がいつものように100%の自分で泳ぐことを止めた担任の言葉で自分が天使だったのに悪魔にされたようだった。
だから…
嫌なんだ
学校形式の水泳大会は目立つから。
何年も通った店とスイミングスクールの道。
景色も変わることなく、乗る子供がいなくなっていく中で私は、続けていた。
習い事の水泳をそのまま続ければ十分だったが
…いつも選手コースの先輩達がとても特別にみえた。
先生はとにかく厳しい
水の中でも怒声は鳴り響く
バーンとプール中響き渡るくらいビートバンで頭を張り倒される
あと何本泳ぐんのかと言うくらい叩き込まれる
その度に何とも見てはいけないような見たいような気持ち狩られながら、自分は、粛々と普通コースのトップで技術を磨いていた。
自分の気質なのか…何なのかいつしかあのビートバンに叩かれたいとまで憧れるくらい憧れていた。
そんなある日、自宅の黒電話が鳴る。
『選手コースに来ませんか…って。どうする?今のままの方が長く続けられるよ?今のままでいいよね?』
母親は、いつものように私を止めた。
何故?
選手コースなんて滅多に声をかけてもらえない。
自分には、意味が分からなかった。
『行きたい。』
また…止められると行きたくなるのが自分だった。
小学生5年…
決断したら聞かない自分を母親は複雑に認めるしか無かった。
初めての選手コースでみた選手達は、輝いてみえた。
まるで違う世界なのだから。それから間も無く…
自分の憧れた選手コースの先輩達は、あの頃読んだ白雪姫の意地悪な魔女のようになっていた。
『声を出さないでよ。しーっ。〇〇〇…』
自分の名前を逆さに呼ばれ、自分の俯く姿を横目で見ては笑われ、まる聞こえの悪口を体育座りをして…
ドンドンドン…
バシャ!!!!
!!!!!!!
自分がトイレに入っては、降ってくる大量の水
ドアを思いっきり蹴られる音
水着だから…濡れない…
涙も顔に濡れた水が守ってくれて涙かどうかわからない
なんて云い聞かせて自分を守り…
とにかく、私は、水に守られていた。
毎週…何も言えない選手コースでのいじめは毎週続いた。
何も悪い事をしていない。
全く悪い事をしていない。
ただ、新人。
その前に私は人間だ…同じ人間。
それだけなのにいじめられる理由が分からなかった
先輩も後輩も…悪魔だった
そんな毎日がどれだけ続いただろう。
1対1…決戦の時
『こいつだけには負けない!』
心臓の音が耳まで聞こえるくらい鼓動が高まる中、呼吸を武器にしてコントロールしていた
その場が一気に息を呑むように静みかえる
一か八か
いじめの中心人物のこの子だけには、絶対に負けたく無かったんだ
味方は、誰もいない。
私の味方は、水だけ。
コースに屈み…指先が付くその瞬間と同時にピストルがプールに響き渡る
プールの水も波も…自分の味方にして飛び込んだ。
何かヒカリに向かって闇を退けていくかのようにゴールだけをみつめて
泳いだんだ
バシャっと顔からついたのは「自分」だった。
『か…勝った』
どうして先生が知っていたのか
どうしてそれが親に伝わったのか
未だに分からないが
このクラスで先生の指導が皆を集めていじめを指摘してくれたのだけれど
もう遅い。
『今日、これで勝てばもう辞めよう。』
自分は、既にあの場所に立った時、自分と約束をしていた。
負ければ続ける
勝てば辞める
水泳の選手になる…スコシ違う未来にはなったが、しばらく描いた水泳選手夢もこのコースで叶い十分だった。
『お母さん…私、水泳を辞める』
私は、大嫌いで大好きだった水泳を引退する
小学校6年生だった。