絵と旅のミニエッセイ!*復活版* -9ページ目

本日は江戸脱走ルート(^^)v

まず、江戸の御城に登城しますp(^^)q
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無血開城を無事見届けた後、国府台出陣後の最初の野営地、松戸へ。
注:実は皇居東外苑は9時開門で、皇宮警察さんが睨んでいた為(>_<)
史実は松戸市小金ですが、拙者は徳川慶喜弟昭武さんのお住まいだった、戸定とじょう邸へ。
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慶喜珈琲の売店は、本日休業なり(>_<)
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ボランティア運営の為か、不定休。今日は町のイベントか、流山街道に面した、レトロ米屋さんの観光協会もお休み(>_<)
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また春に出直そっと!

鎌倉五山の次は京都五山!

五山を臨済宗だけにして、鎌倉と京都に区分し、南禅寺を鎌倉京都の、上位別格にしてしまったのは、自称日本国王、足利義満くんだそーな(^^)
さて別格の寛永建築三門は、拙者新選組的ですと、古高俊太郎下僕をひっ捕え、ここに吊るした、拷問を、どこで?、どうやって?、なのですが(@゚▽゚@)
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世の中的には、釜茹で五右衛門さんの楼上台詞、『絶景かな絶景かな…』ですが、釜茹で処刑とは、湯豆腐じゃあるまいし(>_<)
ん、湯豆腐!に食い付いたあなた(^O^)大好きです!
こちら明治再建の法堂、はっとう、と読みます。
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後醍醐帝は、臨済宗大徳寺を南禅寺並びとしましたが、室町幕府はあっさり格下げしたとか!

冬の浄瑠璃寺スペシャル(^O^)

一昨年から昨年に、南山城へ通っていたのは、浄瑠璃寺の秘仏、鎌倉期の重要文化財、吉祥天の立体造形彩色作品制作の為でもありました!
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真冬にバリバリに凍る、本堂前の池!
平安末期の国宝三重塔!
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アクリル水彩絵の具で彩色する前の立像!
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半年がかりで、ようやく出来上がり!三重塔前で記念撮影(^O^)
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ご本人は、後ろの国宝本堂の厨子に安置されているので、抜け出したよーに、ちゃっかり内緒で撮影(^^)v
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小学生の頃…

自分史のお話ですが、小学校低学年だと、町田市内の遠足や社会科見学で、七国山、薬師池、こどもの国など、市内へ歩いて行ったりしました。
幕末なら、小島資料館(^.^)b
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明治なら自由民権資料館ですが、小学生の足でも拙者実家から、のんびり1時間半歩けば着くので、3月は鎌倉街道をウォーキングして、行ってみようっとp(^^)q
さて、高学年になると、市外レベルになるので、電車やバスの遠足や社会科見学も、
鎌倉史跡や小田原城、江ノ島は江ノ水へ!
ミナト横浜の公園やマリンタワー!
横須賀軍港の公園!何故か日露戦争の旗艦三笠の、薩摩東郷さんをリスペクト(^O^)
日野の多摩動物公園!歳さんちもすぐそこ!
東京タワーや国会議事堂、築地市場等々の施設巡り!←今時の小学生はスカイツリー&浅草が定番でしょうか(^.^)b
富士急ハイランドでスケート!なんてメニューも有(^O^)
幕末なら、市谷試衛館p(^^)q
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拙者実家から30kmも、出稽古では小島さんちまで、歩いて来ている試衛館メンバー!調布経由で新宿へ行く布田道と甲州街道を、麻疹の為馬に乗せられ、帰って行った沖田さん。
幕末の幻影が、今も見える生まれ育った多摩は大好き!


因みに、小5の臨海学校は浦賀奉行所北、横須賀市の走水か、千葉木更津請西藩南の内房岩井海岸!
小6の林間学校は日光で、東照宮やら宇都宮戦の城跡には、今頃興味が出て来た次第です(T_T)

鎌倉、ここだけは行っておいた方が良い、成就院の坂道!

雨の紫陽花の季節(*^_^*)
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鎌倉の観光ポスターに、必ず登場します。丘上の小さなお寺は、お寺より坂道が知名度有\(^O^)/
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連休なんぞは、あまりの観光客の多さに、スケッチ&三脚写真禁止の高札が立ったことも(^.^)b
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最近は恋の成就スポットとかで、若手女子の来訪多し(*^_^*)
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いつまでも、この由比ヶ浜を眺めていたい、衝動に取りつかれる、観光客の波(^.^)b
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追伸 新年の授与品
戌年って何年前(^^)?
新熊野神社で貰ったかな?
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本日はバイク15分!こちらからスタートp(^^)q

国宝は、美男におわす(*^_^*)by与謝野晶子
『大仏の 冬日は山に 移りけり』by星野立子
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大仏後ろにある、晶子さんの歌碑!
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馴染みのお店でしらす丼を頂いた後、文学館で鎌倉所縁の俳人のチェック
φ(.. ;)
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鎌倉五山第三位寿福寺にある、親子の俳人、やぐら内にある高浜虚子さんと、次女星野立子さんのお墓参り(-人-)
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第一回句会のテキスト登場の正岡さん、星野さんを巡った一昨日と今日。
立子さんのお墓右前に刻まれた、伝説の名句は!
『雛飾り つつふと命 惜しきかな』

今日は横須賀市・浦賀へ出動しました!

函館では、歳さんの俳句仲間しか接点が無いという、浦賀奉行所筆頭与力、中島三郎助さんの、全てを探索して参りましたp(^^)q
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天然理心流目録は、歳さんと従兄弟弟子。日本人初の黒船サスケハナ乗船者、奉行に代わりペリー提督を応対した。
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結果、国産初の帆船軍艦建造、長崎海軍伝習所1期生と、幕末知己は旧幕高官から、松陰さん、桂さん&宮部さんまで超広域w(°O°)w
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持病喘息乗り越え、榎本配下にて函館奉行並、千代ケ岡台場守備任され、歳さんの5日後5/16戦死。遺言は泣けます。現在中島町!
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函館の大晦日句会は、歳さんも一緒。俳号は木鶏。
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お墓参りに行った渡し舟\150は、御座船風(^^)
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丘上の榎本さん揮毫、招魂碑は碧血碑に似てます。
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本日の探索、ご報告!

朝は地表-4℃でも、地元スタバで暖まった後は、江戸御府内へ出動です。
JR鶯谷駅至近、台東区根岸の子規旧宅で、俳句が上手くなるよう一筆書いてきます。金沢藩下屋敷侍長屋だったのです。
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対露戦に備えた、日英同盟締結の明治35年1902年、6畳間で逝去。満34才は歳さんに同じ。この間に置かれた愛用の机が、膝疾患で立膝する為刳り貫かれ、拙者と同じで、すこぶる共感(T_T)
雲一つ
無い冬晴れや
子規いおり
お粗末m(__)m
来月の点数は如何に?(^O^)

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昭和20年空襲で消失も、同25年同一に再建されました。
此処から、慶喜さん、老中阿部さんらの墓もある谷中墓地と桜並木を通り、寛永寺境内をスルーするのが上野駅までの近道!
三代将軍家光時代の堂々たる根本中堂は、さすが東の比叡山!慶応4年5/15原田佐之介さんが重傷被弾した、彰義隊VS大村益次郎の上野戦争で焼失も、明治になって寛永年間築を、小江戸川越から移築しました。
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国立博物館脇をぐるっと迂回すれば、敷地内には、江戸城下有力藩が集う大手町から移築された、鳥取藩上屋敷の武家長屋門!
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近藤さん指揮の甲陽鎮撫隊は、山梨県勝沼に於いて、鳥取藩の実力にコテンパンになる訳です。土方さんちや拙者母実家の、豪農長屋門とはスケールが違うもん(>_<)
上野駅近くの門には弾痕がw(°O°)w
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この時の弾痕がある、山形上山藩寄進の灯籠が、払い下げになって小島さんちの庭にございます!
原田さんは翌々日17日、江東区本所の旗本屋敷で亡くなりました(-人-)

恒例のおまけ
我が家にある京人形は、小刀屋さんで買いました(^.^)b
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再び、英語シリーズ!ただし海外ネタ。

スイスのスキーツアーで、ゲレンデ上行きの登山電車内にて。←海外はゴンドラやリフトでなく、電車で行ったりする場所も有。
隣にオランダからのカップル。拙者らが挨拶すると、英語で日本の朝の挨拶を、知っていると言ってきた。
蘭♂
知ったかぶりして『Ohayoーと、明るく言えばいいんですよね!』
姫路からのツアー♂
『朝の挨拶なんて英語のHi!みたいなノリで、Ohayoでエエよ。
蘭♀
『違うう、私が正しい日本語を教えてあげる!Ohayougozaimasuとお辞儀する』
拙者『You speak beautiful japanese!』
拙者は学校で習った、流暢に日本語を話しますね、と言ったつもりだったが、日本語が上手い、貴女は美しい、な感じで解釈されたのか、顔を赤らめてしまった(*^_^*)。
英語が母国語で無い同士は難しい(^.^)b
↓イタリア側から見たマッターホルン。
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英語ネタシリーズ(^_-)

次々とシリーズが浮かぶ割には、長続きしない拙者でm(__)m
二条城近く、神泉苑↓で行われる新年会へ、和服で向かう、拙者のお話。
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近寄る賢そーな外国人観光客←二条城周辺は、嵐山と並びムチャクチャ外国の方多し。以下、英会話につきかなり簡潔に意訳m(__)m
質問『私は学校で、現代の日本人は、民族衣装を着ない、と習いました。あなたはなぜ、民族衣装なのですか?』
拙者お答え『新年会です』

以下、拙者が言いたかったけど英語では喋れず(>_<)
式とか会とかとゆーものに、日本人が着物を着る習慣を、知っておいてほしいなあ!
卒業式女子は大正レトロ、成人式女子は振袖、なんて観光客には理解できないだろうし(^.^)b
結婚式の父親が燕尾服で、母親が紋付着てたり!
かるたや和弓の選手は、和服は当然に歩いているし。
柔剣道の道着は、西洋化しユニフォームになってますが(^-^)
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この神泉苑のお化けイベントを、外国の方に訊かれたら、何て英語で答えよーかな(^O^)