江戸川河川敷は、野球グランドが沢山あります

ある日の江戸川
Kuniがキャストを繰り返していると…

少年野球の監督らしき男性が

野球少年達を怒鳴りつけている

大人が子供に対する言葉遣いとは思えない
《・・・いつもの事か・・・》と呆れるKuni


どうやらブチ切れた監督らしき男性が
○○集まれ~』と怒声をあげると
中学生らしき野球少年達が
監督らしき男性を
起点として円を書くように整列した。

監督らしき男性が、また怒鳴り散らす
『先輩面してんじゃねぇ~よ
等々と続く怒鳴り声


すると、バチーン

野球少年に平手打ち
(; ̄Д)ェェェ

殴られた野球少年は、2~3歩よろめくほどの
強い平手打ちだった

円を書くように整列した
野球少年全員が2~3歩よろめく平手打ち
(|| ゜Д゜) ガーン



そんな光景を見て
Kuniはオヤジ
(関東一高相撲部コーチ  元幕内・朝岡 故・朝岡さん)の
言葉を思い出しました

『負けるつもりで土俵に立つ奴なんて居ない』


 

Kuniが高校相撲で2回目の関東大会に出場した
1985年(高2)のころ
ある高校が掛け声に合わせて準備運動をしていました


その掛け声は 低く、太い声で

エッサ~ エッサ~
エッサッサ~

周囲を威圧するような声を出す選手達

《なんか不気味だなぁ》
と感じたことを今でも
覚えています


この、エッサッサ~高校は
試合で相撲に負けた選手を
監督が怒声と共に
バッチンバッチン平手打ちをしていました


それを見たオヤジは
『初めから負けるつもりで土俵に立つ奴なんて居ないのに…
勝っても負けても“よく頑張った”と褒めてやるのが
アマチュアの良いところ。
一番悔しいのは負けた本人』

今、思い出しても
納得のいく言葉と強く感じます
 

オヤジは国体青年の部3位の実力者であり
脱サラして大相撲に入門し
僅か2年半で関取の座を掴んだ人です。

当時は
“脱サラ関取1号”
“新記録・最速スピード出世”
等と騒がれたそうです。

アマチュア、プロ共に
キチンと結果を出してきた人の
言葉には説得力があります

関東一高相撲部のコーチを勤めてからも
絶対に選手に手を挙げなかった朝岡さん
朝岡さんの指導により関東一高で
初めて始めた相撲で
Kuniを含めて3人の
関東大会個人優勝者(重量級・無差別級)を輩出し
当時“日本一の強豪校”であった
明大中野高校を破り
関東大会団体戦でも優勝しました

現在、大相撲の“世話人・栃の山さん”は
朝岡さん最後の教え子と言われています


オヤジは選手を殴らない指導で
キチンと結果を出しました


怒声を浴びたり
“殴られる”という恐怖心が
少年の心を萎縮してしまい
伸びるものも、伸びなくしてしまう
と強く思うKuniです


選手に手を挙げる指導者は
選手時代に、体罰を受けたお陰で
キチンと結果を出せたのか?

選手に手を挙げる指導者は
選手時代にキチンとした結果を出せたのか?
指導している少年達に胸を張って語れるのか?




体罰を受けずに
キチンと結果を出したKuniには
到底理解できません。


当時の関東一高相撲部は
部員全員《強くなりたい》と
心底願い切磋琢磨していたので
平手打ち=気合注入】は
不要だったのかもしれませんが・・・