2月26日 忘れたくても忘れられない日。
家内が13年前卵巣がんの手術をした日です。
誰もが、諦めていました。
そんな家内は無治療で丸12年経ち13年目に突入です。
一度も再発はなく、ここまでこれたと思います。
家内はこの日を第二の誕生日と言っています。
「おまけの人生です。」
今 家内は、パートで保育園の調理の仕事をしています。
3才児までの保育ですが、楽しそうです。
若いエキスを吸いっとっているようです。
ますます元気でいます。
2月26日 忘れたくても忘れられない日。
家内が13年前卵巣がんの手術をした日です。
誰もが、諦めていました。
そんな家内は無治療で丸12年経ち13年目に突入です。
一度も再発はなく、ここまでこれたと思います。
家内はこの日を第二の誕生日と言っています。
「おまけの人生です。」
今 家内は、パートで保育園の調理の仕事をしています。
3才児までの保育ですが、楽しそうです。
若いエキスを吸いっとっているようです。
ますます元気でいます。
2/23の日曜日 孫の愛梨 退院しました。
朝、小児医療センターに行った娘から連絡があり、昼ご飯を食べてから、
退院すると連絡があり、迎えに行きました。
娘が病院に着いて、すぐ担当医から話があり、今日退院してもいいですよと言われたらしい。
急な展開で私も驚きました。
前日の夕方、完全に酸素チューブを取ることができ、サチュレーションも94まで回復したとのことでした。
元々 心疾患があるので普段のサチュレーションは92ぐらいなのですが、
肺の検査もしないで、退院です。
火曜日あたり、レントゲンの検査をして、肺に影がなければ、退院だと思っていました。
完全隔離?された状態で10日間の入院でしたが、
孫の愛梨もかなりストレスが溜まっていたのでしょう。
ママ~ママ~とべったり娘に抱っこし、トイレもなかなか行けない状態でした。
カテーテル検査で入院からあっという間のヒトメタニューモウイルスの感染で
40℃超の熱と咳で、また病院に逆戻りでした。
最初はどうなることかと、ヒヤヒヤもんでしたが、5日あたりから、徐々に回復していきました。
夜はベッドに点滴とチューブが外れないように手足を拘束され、身動きが取れないようでした。
いきなりの退院で、せめて前日に言ってくれてもいいのではないかと思いましたが、
病院で愛梨がストレスが増えるよりは、まだ、自宅で、家族と一緒にいるのがいいでしょう。
金曜日に、外来で診てもらうようですが、その時レントゲンを撮るようです。
私が迎えに行った時は担当医は既にいなく、
金曜日までに 何かあったらすぐ電話してください。と看護師が言っていました。
段取りが逆でしょう。、、、(怒り)
なぜか不信感だけが残る病院の対応でした。
病院は確かに立派になりましたが、中身はどうなのか。
この病院の地下の工事の時私も図面を描いていた病院だけに、
なんだかがっかりです。
ここで心臓の手術をするのかと思うと、一抹の不安がよぎります。
ヒトメタニューモウイルスで小児医療センターに入院している愛梨ですが、
何とか山は越えました。昨日のレントゲン検査で、まだ肺にモヤモヤはあるものの、
血液検査で入院時の炎症反応が13から1になり、点滴も外れました。
酸素はまだまだ0.8ですが、食事は取れるようになりました。
しかし、もうしばらく入院だと思います。
明日は家内が病院へ行きます。
私も一緒に行きたいところですが、仕事が忙しくなってしまい、一緒には行けません。
残念。