今日2/26は家内が10年前手術した日です。

腹水、腹膜播種さらに、胸水にがん細胞が見つかり、ステージ4となり、これまでかと思いました。

手術する前からこんな状態で、かなり凹みました。

家内は手術の2週間前から1回目の抗がん剤を終える1ヶ月ちょっとの間

娘達にも協力してもらい、家事も分担してもらいました。

自宅が仕事場だったにで、仕事をする前の朝7時 がんセンターに行き、ハーブテイであるJWTを2L、バナナ1本焼いて

毎日持っていったものです。

家内が家に戻ってきても、しばらくは何もさせまい、自由にしておこうと家族会議を開いたものです。

娘達の協力なしでは乗り切れなかったかもしれません。

 

娘達 ありがとう。感謝しています。

 

追記 今日は 孫の愛梨が退院しました。

愛梨のことは もう書くのをやめます。(娘に止められました。)

 

 

 

 

 

1月29日 家内ががんセンターから10年越しで卒業となった日でした。

毎月1,2回お参りに行っている川越の成田山へ今回2才の孫のひなたを連れ お礼参りに行きました。

川越の成田山に行く途中に暮れに生まれた愛莉が入院している埼玉医科大があります。

成田山に行く前に娘を医科大で降ろし、お参りの帰りに娘を拾って帰る予定でした。

孫の愛莉はまだNICUで完全看護の状態だと思っていたので、病棟に行っても会うこともできません。

 

成田山のお参りも終わり、娘に迎えに行くと連絡すると、娘から「今愛莉はGCU(回復室)に移されているから、

ガラス越しで見ることができるよ。」 と連絡がありました。

暮れに生まれた時は1700gでしたが1ヶ月経ち 今は2200gになり、体に付けられたチューブもとれ

自分の肺で呼吸できるまでになり、NICUからGCUに一歩前進しました。

私と家内、ひなたと娘が待っている医科大の周産期母子センターへ急いで行きました。

初めて愛莉とご対面でした。 

体はまだまだ小さいですが、目を開けている姿も見ることができました。

一生懸命生きてるんだなあ~というのが第一印象で、涙が出そうになりました。

 

GCUでは愛莉の他に10人ぐらいの赤ちゃんが保育器に寝ていましたが、

中には愛莉より小さな子もいて、看護師さんがミルクを与えていました。

 

愛莉は34週で生まれて来ましたが、28週で生まれた子もいるとのことで、

それでも一生懸命生きているんだと思うと胸が熱くなります。

 

GCUに移されて、今後 2500gまで体重が増えていけば、退院の話がでてくると思いますが、

その時娘たちのフォローをどこまでできるか、できる限りのことはしてやろうと家内と話ました。