隣んちの音楽~kuniのクラシック音楽~ -9ページ目

第24稿 「発音:aiueoの母音の融合」

 一般的に、日本人は発音が「平ぺったい」とか「浅い」と言われています。
 私個人の印象ですが、たしかに日本人がイタリア語で歌うとき、言葉がどことなく「素人くさい」「会場のすみにまで届かない」などの印象を受けます
 特に、高校生や大学生のレベルだと余計にその印象が強くなります。
 しかし、色々な歌手の動画を観ていると、私はよくこう思います。
 「イタリア人は発音が本当に深いだろうか?
 結果から言うと、イタリア人もけっこう平たい発音だと感じます
 下記の動画は純度100%のイタリア人ですが、本当に日本人と大きな差があると感じますか?

Antonino Siragusa - "Si, ritrovarla io giuro"- G.Rossini "La Cenerentola"



 ライブでバルトリの歌を聴いた人によると、ライブで聴くバリトリの声はCDなどで聴くよりも浅い発音らしく、言葉の響きが散って分からない時の方が多かったそうです。
 その人はバルトリのファンではありませんが、それを考慮しても、やはり動画の彼女の発音は「深い」とは思いにくいです。
 ためしに、下記の動画のバルトリの1番最初の発音を聞き取ってみてください。

Cecilia Bartoli - "Caro mio ben"



 いかがでしょう?しっかりと「カーロミオベン」と聴こえましたか?
 正直、私はイタリアで声楽を勉強してきた人達の「イタリア人のように発音しなさい」という教え方が良いとは思いません。
 むしろ、「発音」だけで評価するなら、ドイツ人アメリカ人の方が、言葉が遠くまで明瞭な場合が多いです。
 私には理由は分かりませんが、ドイツ人やアメリカ人は「子音(aiueo以外のアルファベット)」を発音することに、かなり重点を置いていると感じます
 私が学生だった頃、ウィーンから来た講師の方は、よく「子音をさばく」「子音を飛ばす」という言葉を多用されていました。
 だからという訳でもありませんが、私はイタリア人の発音よりも他国出身の歌手の方が子音を発音する感覚が鋭いと感じます。
 (ただし、通常レベルのアメリカ人の声楽家は一部の「」や「」の発音が変です)
 もちろん、本場はイタリアなのですから、イタリアの発音を基本的に勉強するべきだと確信しているのですが、「舞台の端まで声を届ける」には、日本語ミュージカルや京劇と同じで「不自然であっても端まで届く声」にする必要があり、その為には、100%イタリア人発音である必要もありません
 考え方としては演歌のジュロと同じですね。
 「子音」の処理の仕方や「母音」の融合方法は、また次回にしたいと思います。
 皆さまも歌うとき、「子音」「母音」を意識しながら歌ってみてください。


第23稿 「声楽の世界:Amarilli(アマリッリ)」

 一般的には「Amarilli mia bella(麗しのアマリッリ)」などの呼称が使われます。
 イタリア古典歌曲集の1番最初に掲載されているマドリガーレ(ルネッサンス期の歌詞を音楽的に表現しようと試みた音楽形態を指します)で、現代の音楽センスにな馴染みのない雰囲気ですよね。
 この音楽形態は、のちのモンテヴェルディやバッハなどのバロック音楽誕生のきっかけを作った流行音楽でした。
 約500年前の作品なので、現代人とは違う感覚で作曲されており、その独特な雰囲気に熱狂的ファンが多く存在します。
 この頃、「チェンバロ」という種類の「ピアノの元祖」に近い楽器で作曲するのが一般的でした。
 この楽器、構造がシンプルで、音を「伸ばす」と「音量増減」の機能が無いので、結果として、近代音楽と比べると、コロコロとよく動く忙しい楽曲が多く作られる風潮を作ってしまいました。
 例外として、パイプオルガンやヴァイオリンで作曲していた人達(バッハやヴィヴァルディ)の一部の作品には、音を伸ばしたり音量に大小をつけた作品が見られます。
 しかし、このアマリッリは典型的なマドリガーレ期の音楽であり、非常にアンティークな雰囲気を感じる事ができます。
 1500年代を取り巻いたバロックの雰囲気をご堪能ください。
 ちなみに歌っている少女は他にも動画をアップしているので、気に入ったらご覧になってみてください。

 Amarilli, mia bella


Amarilli,mia bella            美しい私のアマリッリ、
non credi, o del mio cor dolce desio 私の心の優しい希望である女(ひと)よ
d`essertu l’amor mio?          私が貴女を愛している事を信じないのか。
Credilo pur: e se timor t’assale,   どうか信じておくれ。たとえ不安が貴女を襲っても、
dubitar non ti vale.           疑う必要は無い。
Aprimi il petto e vebrai scritto in  私の胸を開けてみれば心に記されているのがわかる
core:                    だろう、
Amarilli é’l mio amore.        〈アマリッリは私の愛である〉と。

※参考「イタリア歌曲集」 対訳:戸口幸策
  詩:ジョバンニ・バッティスタ・グアリーニ《Le nuove musiche》(1602年)から



第22稿 「声楽の世界:nel cor piu non mi sento(うつろの心)」

 第9稿に紹介したニーナ以降、私は習った歌曲の順番を全く覚えていません。
 実際のところ、ニーナも微妙です。(←オイ)
 ただ、早い時期、遅い時期だけの記憶が残っているので、大まかな記憶に任せてご紹介したいと思います。
 今回ご紹介する曲はイタリア古典歌曲集の中でも、音大系の試験課題曲でよく見かける歌曲です。
 音大志望のソプラノさんは知っておいた方が色々とお得な一曲です。
 なぜなら、(ま、テナーもそうなんですが)曲全体がよく動き、「軽く」「はずむように」「楽に」歌う練習には大変有効な一曲なんです。
 下記の動画にご紹介しますが、リズミカルに、スキップするように歌う事がこの曲の持ち味です。
 もちろん、中間部のなだらかな旋律と対比して音楽的な明暗をつけると、一層深い一曲になります。
 伴奏もお手軽なので、高校生、初心者の方に強くお勧めするアリエッタです。

Mimi Coertse sings "Nel cor piu non mi sento" by Paisiello


訳:
Nel cor più non mi sento   もはや私の心には
brillar la gioventù;      青春の輝きが感じられない。
cagion del mio tormento,   私の苦しみの源、
amor, sei colpa tu,      愛よ、お前のせいだ。

Mi pizzichi, mi stuzzichi,  お前は私をつねり突っつき
mi pungichi, mi mastichi,   突き刺し噛み砕く。
che cosa è qesto ahimè?    これは一体なんだろう、ああ。
pietà, pietà, pietà!     憐れんでおくれ、憐れんでおくれ。
amore è un certo che,     愛とは私を失望させる。
che disperar mi fa!      何ものかだ。

※参考イタリア歌曲集1 対訳:戸口幸策

 ちょっと「T」の発音になまりがあって、表現ももう少し可愛らしくして欲しいですが、1番この曲っぽさが感じられるのでチョイスしました。