建築の終わり
建築の終わり―70年代に建築を始めた3人の建築談義/TOTO出版

¥2,310
Amazon.co.jp
本棚の整理をしていて久しぶりに手に取って一気に読み直してみました。建築の終わりと題した3人の建築家のイベントでの講演録です。2002年2~4月に東京のギャラリー間で行われた北山恒展に合わせた空間術講座と呼ばれるイベントです。1950年生まれの3人の建築家がそれぞれの建築的な歩みを披露しながら時系列で議論していくものです。
2002年と言えば9.11の後で、建築界でも大きな影響を受けた後のイベントとしてこのタイトルが示唆する内容も興味深かったですが、今回は3.11の後ということでこのタイトルに何かひかかりを感じて本棚から引っ張り出してきました。
ちょうど10年前に話されていた講演録ですが、今でも与えてくれる情報が示す建築への思考は今を考えるヒントがあり、タイトルとは異なり建築の普遍的な価値に対しての希望も感じられます。
タイトルにある建築の終わりというものも、実際に建築が終わりであるという直接的なものではなく、別の次元で述べられていることです。
10年前は52歳だった3人の建築家は大学の先生でもあるプロフェッサーアーキテクトですが、今は内藤さんだけが東京大学を退官し、岸さんは京都大学、北山さんは横浜国立大学で教え続けられています。しかし、2002年は2回生だった自分が学生時代から10年経ってしまっているこの時間の流れも大きいものだと改めて感じさせてくれます。
内容紹介(Amazonより)
次の時代の主役になるであろう3人の建築家、岸和郎、北山恒、内藤廣。ともに1950年生まれで、70年代に建築を学び始めた彼らが、時代を、建築を本音で熱く語り合った。
70年代初めといえば学生運動が続き、大学に行けば、「なぜおまえは生きているんだ?」と詰問された時代だ。イデオロギーがいたるところに氾濫し、建築もその延長線上に存在していた。「建築とは制度的な存在である」ということは当時、当然のことであった。そして彼らがこれから建築を学ぼうとするときに、磯崎新が「建築の解体」を宣言する。それは「建築の終わり」ということなのか…。
建築談義はお互いの卒業設計を講評しあうところから始まる。さらに建築教育を受ける前に気になっていた建物、学生のときに気になっていたイデオロギー、初めての海外旅行の行き先と、話が進む。「ギャラリー間」で開かれた連続講演会に参加した多くの若い人々に、身近なテーマを提供しつつ、自分たちが学んできた時代性、そこで思考された「建築」の有り様が3者3様に語られる。
建築をファッショナブルに扱う一般誌はどんどん増え、写真映りがよく、しゃれた建築がもてはやされる一方で、建築がどんどん消費される…。そんなシステムが始動してしまっている今に対し、3人は「恐怖感というか抵抗感」を示し、捨てられたカードをもう一度みつめなおそうとする。それはワールドトレードセンターの9.11でイデオロギーの対立が露呈されたように、「そんなに簡単に社会の構造性は変わらない」からだ。
90年代に建築を学んだ2人の建築家が座談会の内容を補足する形で、時代背景を説明するパラレルテキストで読者の理解を深める。タイトルとなった「建築の終わり」はあらたな建築の始まりも意味する。3人の思いは果たして若い聴衆に伝わったのか。3人の建築家の現状認識と、これから向かう建築的世界の展望がふんだんに盛り込まれた1冊だ。(中谷俊治)

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本棚の整理をしていて久しぶりに手に取って一気に読み直してみました。建築の終わりと題した3人の建築家のイベントでの講演録です。2002年2~4月に東京のギャラリー間で行われた北山恒展に合わせた空間術講座と呼ばれるイベントです。1950年生まれの3人の建築家がそれぞれの建築的な歩みを披露しながら時系列で議論していくものです。
2002年と言えば9.11の後で、建築界でも大きな影響を受けた後のイベントとしてこのタイトルが示唆する内容も興味深かったですが、今回は3.11の後ということでこのタイトルに何かひかかりを感じて本棚から引っ張り出してきました。
ちょうど10年前に話されていた講演録ですが、今でも与えてくれる情報が示す建築への思考は今を考えるヒントがあり、タイトルとは異なり建築の普遍的な価値に対しての希望も感じられます。
タイトルにある建築の終わりというものも、実際に建築が終わりであるという直接的なものではなく、別の次元で述べられていることです。
10年前は52歳だった3人の建築家は大学の先生でもあるプロフェッサーアーキテクトですが、今は内藤さんだけが東京大学を退官し、岸さんは京都大学、北山さんは横浜国立大学で教え続けられています。しかし、2002年は2回生だった自分が学生時代から10年経ってしまっているこの時間の流れも大きいものだと改めて感じさせてくれます。
内容紹介(Amazonより)
次の時代の主役になるであろう3人の建築家、岸和郎、北山恒、内藤廣。ともに1950年生まれで、70年代に建築を学び始めた彼らが、時代を、建築を本音で熱く語り合った。
70年代初めといえば学生運動が続き、大学に行けば、「なぜおまえは生きているんだ?」と詰問された時代だ。イデオロギーがいたるところに氾濫し、建築もその延長線上に存在していた。「建築とは制度的な存在である」ということは当時、当然のことであった。そして彼らがこれから建築を学ぼうとするときに、磯崎新が「建築の解体」を宣言する。それは「建築の終わり」ということなのか…。
建築談義はお互いの卒業設計を講評しあうところから始まる。さらに建築教育を受ける前に気になっていた建物、学生のときに気になっていたイデオロギー、初めての海外旅行の行き先と、話が進む。「ギャラリー間」で開かれた連続講演会に参加した多くの若い人々に、身近なテーマを提供しつつ、自分たちが学んできた時代性、そこで思考された「建築」の有り様が3者3様に語られる。
建築をファッショナブルに扱う一般誌はどんどん増え、写真映りがよく、しゃれた建築がもてはやされる一方で、建築がどんどん消費される…。そんなシステムが始動してしまっている今に対し、3人は「恐怖感というか抵抗感」を示し、捨てられたカードをもう一度みつめなおそうとする。それはワールドトレードセンターの9.11でイデオロギーの対立が露呈されたように、「そんなに簡単に社会の構造性は変わらない」からだ。
90年代に建築を学んだ2人の建築家が座談会の内容を補足する形で、時代背景を説明するパラレルテキストで読者の理解を深める。タイトルとなった「建築の終わり」はあらたな建築の始まりも意味する。3人の思いは果たして若い聴衆に伝わったのか。3人の建築家の現状認識と、これから向かう建築的世界の展望がふんだんに盛り込まれた1冊だ。(中谷俊治)
模型のお供
設計段階では模型を作りながら、空間を構想します。そんな模型はいつもクライアントにお見せすると大変喜んでいただけますが、材料は至って普通の白いスチレンボードと呼ばれる発砲スチロールに紙を貼ったようなものを基本に作っています。
その中でも接着はとても大事で設計段階では簡単に取り外しができるように両面テープ的な使い方ができる粘着力の弱い糊を使いますが、しっかり固定するためには「カネダイン」と呼ばれる接着剤を使用します。今回ちょうど在庫がなくなったので1ケースで注文しました。見た感じ象さんの鼻からボンドを出すようなイメージの絵が描かれていて児童向けのような雰囲気を醸し出していますが、実際とても優秀なボンドでその性能には使うと驚かされます。短時間で固定でき、異素材でも簡単に固定できる模型作りの必需品です。








