こういうデータがある。
日本で起きる殺人事件の半分以上は親族間殺人だという。
驚く方もいるかもしれませんが、自分はあまり驚きを感じなかった。
自分の周りの方々を見渡してみても家族・親族と何か問題を持っていない人を自分は知らないからだ。
もし家族・親族との関係で何も問題を抱えていない方が居るというのならば、その方はとてもラッキーな方か鈍感な方だと言えるでしょう。(どちらも幸せな方だと言える・・)
自分を振り返ってみても父母や兄弟との間に何も思うことが無いというわけでもないし、家族のそれぞれも自分に対して何やら思う事もあるだろう。
お互い何を考えているか本当の真の所は判らないのだ。そう、家族の間でも相手の気持ち・本音は判らないのだ、ましてや別家に分かれてている親族の本当の思い・気持ちは判るものではない。
そして接近回数がより多く、関係性がより濃厚な身内だからこそ、相手への嫌悪、悪意、嫉妬、などの「負の感情」をぶつけやすくなるのだと思う。
そんな事をつらつらと考えていたら、ふと、上田秀人 さんの時代小説が思い浮かんだ。
上田さんの時代小説は、「武士世界の家と家同士の権力闘争とその闇に巻き込まれた役人」を描いたものが多いのだ。
そこで本日は、その上田さんの作品群の中から「密封 奥右筆秘帳(1)」を紹介しようと思う。
それではいつも通りあらすじ紹介から・・・
【あらすじ】
時は、江戸、十一代将軍家斉の治世。
ある日、城内奥右筆部屋に、田沼藩より「大阪の任地で急死した田沼意明に代わる末期養子による家督相続願い」の書付が提出された。
その家督相続願に対して応諾の付箋を付けるに当たって奥右筆組頭・立花併右衛門は田沼家について下調べを行った。
すると十二年前起こった若年寄田沼意知刃傷の一件を含む、田沼家に対する幕府のなさりようは酷く冷淡であることに併右衛門は気づく。
疑念を胸に抱えたまま仕事を終え帰路に着く併右衛門。すると併右衛門の前に突如現れた怪しき黒覆面の集団が、併右衛門らを取り囲むと「天明四年の件には触れるな!」と警告し去っていった。
自らが幕政の闇に触れてしまったと悟った併右衛門は、身の安全を図る為、隣家の部屋済で剣術のできる柊衛悟を雇い護衛に付ける。
そんな二人の前に次々現れる謎の刺客!果たして二人はこの危難に生き残れるのか?二人の運命は?
【解説】
この「奥右筆秘帳シリーズ」は、あらすじにもあった通り、江戸時代十一代将軍家斉の時代のお話です。
主人公は、幕府の書付(書類)のすべてを管理・保管・許諾の有無に関する調査と意見の付箋が付けられる部署・奥右筆の組頭(事務方職員、係長~課長くらい)の立花併右衛門と立花家の隣りの旗本柊家の部屋済(当主の弟で婿養子にもいけないで実家に寄生する立場の者)衛悟の二人。
二人は併右衛門が職務で調べた田沼家に関する書類から、幕府が十二年前に江戸城内で起きた若年寄・田沼意知刃傷(傷害致死事件)以後、田沼家に対して冷淡な対応をしている事に気づいてしまう。
そしてその事を知った併右衛門が謎の怪しき集団に「警告」を受けたことから、自分達が幕政の闇に触れてしまった事に気づき、生き残りをかけてもがき戦うという物語です。
・併右衛門は、この危機に、娘・瑞希に立花家を残す為に・・・
・柊衛悟は、併右衛門に養子先を紹介してもらい部屋済を脱する為、剣士として敵役に勝つ為に・・・
それぞれ、そういう動機でこの危機に立ち向かいます。
そして一方で、権力者とそれに付き従う者の勢力がいて、それぞれがそれぞれの動機の果てに暗躍します。
・政治の実権を老中達に握られながらも徳川の世を守りたい将軍・家斉と彼を守り付き従う
影の相談役にして、先の筆頭老中、今は閑職にいる松平定信
・将軍の父でありながら自分が将軍になって権政を振るう野望を持つ一橋治済と
彼の下僕で、忍び、刺客の冥府防人と絹兄妹
・幕府の実権を握り幕政を行っている老中達
・一橋治済にそそのかされ自らの権勢欲を欲するがあまり、又や藩の未来の為に、将軍家斉や主人公達にちょっかいを出す大名・旗本とその家臣達
各勢力、各人が、己の欲望・願望の成就の為、に権謀術数を巡らせ、暴力を使い、戦っていく、群像劇的時代小説がこの作品です。
【感想】
上田秀人さんは、数年前「 お髷番承り候 」シリーズを読んで知ったのですが。作品を読んでとても驚きました。
江戸時代の徳川家を始めとする幕閣の重要人物の成り立ち、係累、各家の特殊な事情、江戸を中心とする武家社会、町人社会、の仕来たり、風俗、生活模様、まで下調べを十分なされた事が伺える圧倒的な描写力と実際にあった歴史的事実を元に「こういう事が裏にあったのでは?」と思わせる巧みなフィクションを練り込んだワクワクドキドキの時代小説を作り上げていたからです。
今回の「奥右筆秘帖」シリーズも全くそれに劣らないドキドキワクワクな時代小説を作り上げています。
さすが、2009年「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!時代小説愛好会が選ぶベストシリーズ20」で1位、2014年、第三回歴史時代作家クラブ賞を受賞した作品だけあります。
特に権力に近い所に身を置く者達の描写で、各人がちょっとした事実、発言、から、人物の心情あるいは情勢の変化を読み解き権謀術数を巡らして、時に命を切り捨てたり弄んだりする様は、身震いを感じてしまうほど。
それと対極にいる主人公、体育会系剣術青年の柊衛悟や併右衛門の娘で衛悟にホの字な瑞希、殺しを請け負った刺客や藩士達、町を行き交う町人達の、自らの想いに素直な様は理解しやすく愛おしく思えます。
殺陣シーンも命を遣り取りしている現場の雰囲気・緊張感がしっかりあって気を抜くとあっという間に命の灯が消えるという命のやり取りにドキドキ感も十分です。
では欠点は?というと、やはり武家社会の仕来たりや成り立ちの複雑さ、人物同士の繋がりの複雑さ、を理解するのが大変で。
漢字も文にたっぷり、単語や人物の敬称・官位など、歴史好きで詳しい方でないと読むこともできない言葉がばんばん出てきます。 「奥右筆組頭」「一橋権中納言民部卿治済」「若年寄田沼山城守意知」の様な言葉が出てきて、本を読み慣れない方はとても苦戦する小説かもしれません。(実際あまり本を読まない知り合いは上記の言葉が読めず撃沈しました。)
欠点はあれどこの歴史時代小説はおもしろい。
戦の無い江戸時代、挟持に、禄に、家に、権力に、地位に、様々な理由を旨に自らの生き残りをかける侍達の生き様!是非一度読んで見て欲しい。
ということで本日はここまでじゃあまたね
密封<奥右筆秘帳> (講談社文庫)
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お髷番承り候 一潜謀の影 (徳間文庫)
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