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あいだクラブログ

人と人、地域と地域、団体と団体など
様々な”あいだ”をつなぐ役割を担いたい☆
つながりの基本は人の”愛だ~”という
地域総合型スポーツクラブ”あいだクラブ”です
スポーツを軸にして活動しています

3月になりました

今月は県立高校の入試


あいだクラブの硬式野球教室も

20日(火)春分の日に「卒部式」です☆


練習に打ち込んで来た者の中でも

もう明らかに体つきに違いが出ています。




下半身の筋肉が肥大して

ヒョロッとした印象だった選手が

2回りくらい大きくなっています☆



約半年間

地味な練習に耐えて


宿題や個人的な課題にも取り組んで

積み重ねたものがそこにあります



「壊れない心と身体」を供えて

高校の部活の門を叩いてくれれば

間違いなく、3年間をフルに有意義に過せるはずです



この間に

感じてきた身体感覚を

更に技術や戦術にも活かして

"五感"を研ぎ澄まして欲しいと思います



"走攻守"の常識を

「守破離」の境地で打ち破って

"自分の感覚や予感"を活かした動きへと

高めていってくれることを願います。



礼節も備えて

競技者として、高校生らしい

3年間を無事に送って下さい。


打ち込むからこそ

判ってくる感覚・・・☆


内側のあり方が

人として磨きをかけます。




さあ、可能性に掛けてみなさい☆


         クラブ代表


走る、投げる、打つ、捕球する

そういうことに"新しい技術"をあみ出そうとしている選手があるだろうか?



イチローの打撃や走塁法には

オリジナルな発想がたっぷり織り込まれているのは

皆さん周知の通りです。



ダルビッシュの投球術にも、

新しい発想や工夫がふんだんに有ります。



楽天の田中投手のこの1年間の深化も凄いものがあります。

球を放す位置が"30cmくらい前"になってきており

打者が球の変化を捉えられず、「視覚から消える」ように

見えるのだそうです。



結果はあとから付いてくるので

予め具体的に到達点は想定していないことが多いと思いますが、

『今まで誰もあみ出せなかった技』を生み出す選手が居ると

競技そのものを新化させて行くことになって行きます。



野球の技術はもう出切っている・・・と

何かの本に書いてあるのを読んだことがありますが、

「諦めない気持ち」と「求める気持ち」があれば

限界を定める必要は無いと思います。




"動く"ということだけとっても、

「どう動くか?」という視点に立って

様々な探求をしていけば、

「蜘蛛のように動く」ことも可能かも知れません。



"投げる"という事には

"球を握る"というポイントがあり、

「どう握るか?」という視点から捉え


「どうなげるか?」という大きな捉え方になって行きます。



「胆で投げる」


「足裏で投げる」


という表現をすることもあるので、

淵のように深い話かも知れませんが(笑;)



このように見て行くと

何事も追求し、試し、また追及する・・・



新しい"何か"を掴むという目的が加われば

スポーツも"研究"する楽しさがあります。




与えられた数や量をこなすのに精一杯という次元から這い出して

"探求する次元"へ足を踏み込めば、

向かう姿勢は全く違ってくるでしょう・・・☆



私達指導する者も

指導を通じて、そういう探求をし続け

深めて行きたいと思います。


       クラブ代表


入試も始まり、4月からはどこかの高校で硬式野球をやるらしい・・・

成り行き任せの"無選択"・・・「拾ってもらえればもうけもん・・・」ってことでしょうか?



それじゃあ、部活も勉強も身が入らず

部のお荷物扱いの道へまっしぐらです



小学校から中学校へ上がった時点で

家庭で子どもの扱いを意識的に変えて



大人方向へ進むように仕向けていくのが"親の役割"です。



いつまで"子ども扱い"のままでいけると思っているのでしょうか?

「自立」してこその"大人の世界"



部活も勉強も、そこへ向かう姿勢が背景にあって

"緩急"や"飴とムチ"で仕向けていかねばならない大切な時期です。



学校の先生や部活の顧問への敬意や信頼を築き、

子どもが大人になっていかねばならない階段を

意識するようになれば良いのです



分った、知った・・・ところで

出来るという訳でもありません



繰り返すという事によって

"身につく"ことばかりです



形から入って、後で意味が判る・・・というのが、

最近の子達には苦手意識があるようですが



大人になるっていう事がどういう事か?

これは"実践"であって、「ノウハウ」ではないと思います。



実践あっての「実学」です

机上の空論、空想論は無価値だと思います。



「厳しいところの身をおいてこそ判るもの」



"厳しい"を避けるようでは

一生避け続ける人生です。





『現実は厳しい』のです・・・

部活も

勉強も

毎日の暮らしぶりも



様々なルールや規律や決まりがあるから仕方なくするのではなく

自分を磨くために、自ら進んでチャレンジするからこそ

磨かれていくのです



「出来る奴」は力まずにそうしていたように記憶しています

これは"要領"では無く、"意識の違い"だったと思います



「生き様に、その人の性質が見える」・・・ということという事が出来ます



ここに至るまでの生き様が

「入試」で初めて試される



言い訳の効かないことがあると

初めて実感する・・・



これも良い経験です



誰の人生か?

誰にも代われない


省いて楽の出来ない



そういう世界で生きるんだってことを

一刻も早く教えて、逞しく挑むように

仕向けてあげましょう!



厳しさ=窮極の優しさです


         クラブ代表